共著 西村 麻美 斎藤 岳



世界的な新型コロナウィルス蔓延騒動の中の歴史的な原油安

現在の日本株投資を考える上で原油価格は大きなテーマの一つである。

2020年年初には1バレル60ドル台だった原油価格は、その後一部現物でもマイナス価格で取引され始め、2020年4月20日には5月限のWTI先物価格で マイナス40ドル台まで下落した。

価格下落の背景は新型コロナウィルス蔓延による世界的な需要減少と需要低迷で貯蔵施設能力が限界に近付いた事とアメリカの原油先物ETF(上場投資信託)が5月限先物の取引が締め切られる前日に売りに出たためと言われている。

その後原油価格は回復し、サウジアラビアは5月11日に6月から日量100万バレルの追加減産を発表。また5月13日(日本時間5月14日朝)に発表された前週末の米原油在庫がアナリスト予想に反し減少した事などを受け、6月限のWTI原油先物の清算値は25.29ドルとなった。
新型コロナウィルスの新規感染者数の減少から、欧米、アジアの一部の国や地域でロックダウンを解除する動きが出ており、経済活動再開により原油需要は穏やかに回復してきている。

しかし、新型コロナウィルス感染の第2波への警戒が中国武漢市、韓国などロックダウン解除後にクラスターが発生した地域を中心に高まっており、再ロックダウンのリスクもあることから、このまま原油価格が回復し続けるかは不透明である。


日米の経済政策とその影響

また、コロナ問題発生の後各国は緊急経済対策を発表した。

アメリカは事業規模5.65兆ドル(約620兆円)、うち最大3.65兆ドル(約400兆円)の企業支援の為の融資などの事業費、国民への給付を中心とした真水の政府出は2兆ドル(約220兆円)だった。

一方、日本の財政出動は事業規模108兆円、社会保険費の支払い猶予や政府系銀行による融資などの事業費が68.5兆円、真水の政府支出は39.5兆円であった。

この真水の政府支出の部分の金額全てが中央銀行のバランスシート拡大に繋がるとすると、FRB及び日銀のバランスシートの規模である6.7兆ドル(約716兆円)と588兆円との対比では、アメリカ84%、日本6.7%のバランスシート拡大に繋がる。

アメリカによる規模がはるかに大きく、ドル/円の為替レートを考えると日本による追加の政府支出がない限り円高ドル安圧力に繋がると予想される。

ここでは仮に現在の1バレル20ドル台、ドル/円が106円台と従前より円高が続くと想定して、メリット/デメリットのあるセクターについて考えたい。


メリットのあるセクター:電力会社、ガス会社

電力会社、ガス会社などは発電の原料である石油、LNG(液化天然ガス)などを海外から輸入している。なので、現在の原油安、円高の状況はこれからフルに貢献してくるだろう。

日本国内では2016年の電力またガスの自由化で新電力会社、新ガス会社が多く参入しているため、既存の大手電力、大手ガス会社は売上、利益共に縮小傾向にあるが、原油安、円高の二重の調達コスト減により利益増が期待される。

ただし、原燃料価格の下落は約3カ月ほど遅行して販売価格の下落を招くため、その後はマージン増加は見込みにくく、需要の動向次第となろう。


電力業界のポイント

・エネルギー価格下落による原燃料価格の下落はマージンにプラス。ただし3カ月ほど遅行して販売価格も下落するため長期的にはニュートラル。
・テレワークとオフィスワークの両立が電力需要の観点で最も好ましい可能性。休業要請の解除、家庭内エアコン電力需要の拡大、オフィスや商業施設、産業用電力需要の回復が夏に向けて期待。

現在、休業要請やテレワークの普及により業務用、産業用の電力需要は減少していると考えられるが、夏に向けて休業要請の解除や、テレワークとオフィスワークを両立させる事業所が増える場合、産業用、業務用の電力需要の回復が期待できるであろう。

またテレワークの導入も同時に進むことで、オフィス電力の需要とテレワーク社員による自宅エアコン電力需要の拡大の両立が、電力需要にとって最もアップサイドのシナリオと考える。

オフィス電力の需要減少以上に家庭内のエアコン電力の需要が大きく増える可能性もある。需要のマイナス面で気を付けることとしては、商業施設や工場等の産業用電力需要の減少である。夏にかけて休業が続くないし拡大されるようであれば要注意となろう。

電力各社の決算発表は関西電力、東京電力は発表済み。

東電ホールディング(9501)、中部電力(9502)に関しては2020年3月期の予想数値を使う。
5月14日現在の電力会社のバリュエーションは東電ホールディング(9501)は今期(2021年3月期)の業績予想を出していないためPERはなし、PBRは0.19倍

中部電力(9502)は決算発表がまだのため、2020年3月期予想を使ったPERは6.6倍、PBRは0.58倍

関西電力は今期(2021年3月期)の業績予想を出していないため、PERはなし、PBRは0.56倍と各社ともPBRが1を下回っており、特に東電ホールディングは表面PBRだけでいえばPBR0.19倍とかなり割安であると言える。


ガス業界のポイント

・都市ガスはマージン、需要ともに電力業界と基本的に同じ考え方。ただし夏は需要の弱い時期なので需要拡大有無の見極めは秋以降となろう。
・プロパンガスは自由価格のためマージンの拡大を図りやすく最も恩恵が受けやすい業界。

ガス会社も基本的には電力会社と同じ考え方が当てはまるが、異なる点としては

①プロパンガス会社は自由価格
②電力と違い夏は需要が基本的に弱い

が挙げられる。

都市ガス事業は電力における原燃料価格と販売価格の関係とほぼ同じであるが、プロパンガス事業は販売価格が自由価格になっているため、原燃料価格の減少が遅行して販売価格下落に繋がるようなフォーミュラがあるわけではない。よって長期的にも利益増に効きやすい

実際には競争要因によって原燃料価格の下落すると、販売価格の下落を引き起こすのが通例であるが、マージンはかなり調整できるため、例えばガス需要減退による販売数量減に対して、マージンの調整で利益は確保、また増益を狙うことも都市ガス事業よりも容易である。

季節性として、ガス需要は基本的に冬がピークシーズンであるため夏は需要が弱い。そのため利益の絶対額として大きくきいてくるのは半年以上先となることは、電力会社との違いとして留意したほうがいいだろう。

ガス会社のバリュエーションは、東京ガス(9531)は、今期(2021年3月期)の業績予想は発表していないため予想PERはなし。PBRは0.96倍

大阪ガス(9532)はPERは11.9倍、PBRは0.87倍

東邦ガス(9533)も今期の業績予想は発表していないため予想PERはなし、PBRは1.91倍である。

プロパンガス主体の企業では、代表的なニチガス(8174)は予想PER20.8倍、PBR2.4倍となっている。


内需系化学

原油価格の下落や円高は石油化学製品の元となる原料であるナフサの円建価格下落に直結する。
そのため、需要が比較的安定した内需向けの化学製品は、需要減少以上にマージン拡大による利益増の恩恵を受ける企業が出てくるだろう。この業界は回をあらためて分析したい。


デメリットのあるセクター:石油元売り会社、石油・天然ガス開発など

石油元売り大手のJXTGホールディングス(5020)、出光興産(5019)、コスモエネルギーホールディングス(5021)は原油安により原油在庫の評価損が大きい。

評価損益はあくまで備蓄在庫分の評価であり、最終的には販売価格へのマージンとして反映されるなど、評価損益は本質的には大きな影響はないが、決算の見た目という意味ではやはりネガティブにはなる。

加えて、自粛により石油需要が減り、製油所の稼働率を低下させる、あるいは需給調整の為に停止をする事もあり得るだろう。こういった需要の減退はマージンの減少にもつながりやすいため、自粛解除等による需要増加が見込めない限り厳しい状況が続くものとみられる。

なお、各社とも原油価格の下落が直接マイナスとなるような油田開発等の上流部分も手掛けているため、この辺りの事業は原油価格が上昇しないと石油精製事業と同様に厳しい状況が続くだろう。

株価バリュエーションは、石油元売り会社は2020年3月期決算の発表は今月下旬を予定しているが、全社とも赤字であろう。

2021年3月期予想の数字は出さない可能性もあるので、PERはなし。
PBRは2020年3月期予想で全社1倍を割り込んでいるが、減損処理をし、保有資産が切り下げられればPBR(株価純資産倍率)は上がる事になる。

国内最大手の原油・ガス開発の国際石油開発帝石(略称INPEX、1605)が2020年12月期第一四半期(1~3月)の決算発表を5月12日に行ったが、同時に原油価格の下落を受けて通期業績見通しを大幅に下方修正した。
当期利益に関しては従前予想より93%もの大幅減益予想の100億円とした。(従前予想は1450億円。)ただし、Brent油価前提を第2四半期以降30ドル/バレル、ドル/円の為替レートの予想を第二四半期に110円/ドル、通期109.7円/ドルとしている事は要注意だ。

昨年の実績ベースだと残り9カ月で油価が1ドル動くと通期利益は45億円変化し、ドル円が1円動くと約15億円ほど利益が変わると見込まれる。現行の円/ドルレートや油価を想定すると、赤字転落の可能性も十分にありえる。

とはいえ、逆の見方をすれば原油市況が回復し、また円安に動く局面では利益が急回復することになる。

①歴史的な原油安の中で損益ギリギリのラインで踏みとどまっていること
②下方修正後の配当利回りで3.4%あること

を考えると、中長期的な視点で原油市況回復の恩恵に期待して保有する動きがあってもおかしくないと考える。

国際石油開発帝石の株価バリュエーションはPER96.8倍、PBR0.32倍である。


プロフィール(西村)

株式会社クリプタクト
マーケットアナリスト 西村 麻美

新卒でメリルリンチ証券東京支店入社後コーネル大学経営大学院にMBA留学。
卒業後東京に戻りHSBCアセットマネージメントにて日本株アナリスト、年金運用、アライアンスバーンスタイン東京支店にてプロダクト・マネージャーとして勤務後フリーランスのコンサルタントを経て現職。


プロフィール(斎藤)

株式会社クリプタクト
代表取締役 斎藤 岳

新卒でゴールドマン・サックスに入社してから計12年間投資・運用を経験。
不良債権、プライベートエクイティ、不動産、法的整理、上場株、債券、為替、金利、CDS、デリバティブなどへ最大800億円のポートフォリオを運用。

趣味は瀬戸内周辺への旅行

Twitter:@Cryptact_gaku


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