執筆:西村 麻美



パワー半導体と半導体の違い

パワー半導体と半導体の違いを簡単に説明すると、通常の半導体の集積回路の機能は演算や記憶だが、パワー半導体には交流と直流の変換や電圧の変換など、電力をコントロールする機能がある。詳しくはこちら


酸化ガリウムの100ミリウエハーの量産にベンチャー企業が成功

6月21日月曜日の日本株式市場は前週金曜日の米国の利上げ前倒し観測からの米株式市場の大幅下落の流れを受けて大幅に下落したが、先週半ばからこの数日間はパワー半導体銘柄が絶好調であった。

パワー半導体関連銘柄の好調の理由は、6月15日の日経新聞が報じた次世代パワー半導体材料である酸化ガリウムの(Ga2O3)100ミリウエハーの量産をベンチャー企業が世界で初めて成功したというニュースであった。このベンチャー企業はノベルクリスタルテクノロジーというタムラ製作所からカーブアウトしたベンチャー企業であり、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の技術移転ベンチャーで、酸化ガリウムの普及拡大を目的に2015年に設立された。


酸化ガリウムの優位性

酸化ガリウムは、もともとLED(発光ダイオード)基板などでの用途を見込んで研究されていた素材である。炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)に次ぐ第3の次世代パワーデバイス材料として、酸化ガリウム(Ga2O3)は大きく注目されている。パワー半導体への応用を目指した研究が2011年に始まってからわずか10年ほどで、世界中を巻き込んだ研究ブームがある。

現在のパワー半導体の材料はシリコン(Si)が用いられている。次世代のパワー半導体の材料として考えられているのが、シリコンの性能限界を超えるワイドギャップ半導体である。ワイドギャップ半導体は炭化ケイ素、窒化ガリウム、酸化ガリウムの三種類である。パワー半導体の材料比較を大阪工業大学の研究支援・社会連携センターのコラムで公表しているが、以下の通りである。


【パワー半導体材料比較】

パワー半導体
材料比較
シリコン 炭化ケイ素 窒化ガリウム 酸化ガリウム
バンドギャップ(eV) 1.1 3.3 3.4 4.5
絶縁破壊強度
(MV/cm)
0.3 0.4 2.5 3.3
熱伝導率(W/cm/K) 1.5 2.7~4.9 2.1 0.27
ウェハーコスト 安い
チョクラルスキー法
高い 非常に高い 安い

パワー半導体に適した材料かどうかを判断する指標としてバリガ性能指数(シリコンに対する半導体物質の性能を現す数値)がよく用いられる。この指標は、シリコンが1としての比較となるが、炭化ケイ素が340、窒化ガリウムが870に対して、酸化ガリウムはダントツの3444である。シリコンパワー半導体や窒化ガリウムパワー半導体に比べ、高耐圧で低損失といった特長があり、理論的な性能はシリコンよりも圧倒的に高い。酸化ガリウムのパワーデバイスにより圧倒的に省エネが実現でき、製造コストも安い事から期待が寄せられていた。


酸化ガリウムの研究開発を国が後押し

酸化ガリウムの研究に関しては日本が先行しており、パワー半導体が使われるパワーエレクトロニクス関連市場は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)によると2020年には6兆円だったが2030年には20兆円まで拡大すると予想されている。パワーエレクトロニクスは鉄道・自動車・産業機械・家電など生活に身近なあらゆるところに適用され、省エネ、脱炭素社会の実現の鍵となる技術であり、日本の優位性を発揮できる分野であるという事から経済産業省はNEDOを通じて研究開発の支援をしてきている。

酸化ガリウムの研究ではタムラ製作所、ノベルクリスタルテクノロジー、情報通信研究機構(NICT)、東京農工大学を中心メンバとする研究チームがリードしてきた。また、京都大学発ベンチャーのFLOSFIAもデンソー、三菱重工、フジミインコーポレーテッド等と組んで研究開発をしてきた。

ノベルクリスタルテクノロジーは2019 年に高品質 2 インチ(50.8 mm)酸化ガリウムエピウエハの開発に成功し、2019 年度初頭よりその製造販売を行ってきた。しかし、2インチではデバイスの製造コストが見合わないために本ウエハの用途は研究開発に限定されてきた。今回、2 インチエピ高品質化技術を応用した100 mm エピ成膜装置を開発し、高品質酸化ガリウム 100 mm エピウエハの製造・販売が可能になった。これにより、 100 mm 量産ラインでの酸化ガリウムパワーデバイスの製造が可能になった。今回のノベルクリスタルテクノロジーによる快挙により次世代パワー半導体市場で日本がリードできる可能性が高くなったと考えている。


パワー半導体の市場規模予測

市場調査会社の富士経済が今月発表した調査で、パワー半導体市場は2020年の2兆8,043億円に対し、2030年は4兆471億円規模に達すると予測した。2020年のパワー半導体市場のうち、大半の2兆7,529億円を占めるのがSi(シリコン)パワー半導体であるが、今回の酸化ガリウムの100ミリウエハーの量産の成功で世代交代が早まる可能性もあるかもしれない。


【パワー半導体の世界市場規模予測】

2020年 2019年 2030年予測 2020年比
シリコン 2兆7,529億円 96.0% 3兆7,981億円 138.0%
次世代 514億円 109.6% 2,490億円 4.8倍
合計 2兆8,043億円 96.2% 4兆471億円 144.3%

(出典:富士経済


次世代パワー半導体関連銘柄

以下に主な次世代パワー半導体銘柄をあげる。


①タムラ製作所(6768)

株価(2021/6/22) 時価総額 予想PER PBR EV/EBITDA
1,940円 904億円 40.80倍 1.86倍 12.3倍

電子部品製造会社。もともとタムラ製作所内で酸化ガリウムの研究が始まり、タムラ製作所からカーブアウトして2015年ノベルクリスタルテクノロジーが設立された。タムラ製作所はトランス、リアクター大手。はんだ材料、絶縁膜、子会社でLEDも展開。海外生産が7割強を占める。ノベルクリスタルテクノロジーとは酸化ガリウムのパワーデバイスの共同研究を行っている。


②AGC(5201)

株価(2021/6/22) 時価総額 予想PER PBR EV/EBITDA
4,800円 1.01兆円 12.80倍 0.89倍 5.2倍

世界最大級のガラスメーカー。ディスプレー、建築、自動車でガラス世界級。アジアで化学品拡大。5G関連素材育成をしている。2018年、2020年にノベルクリスタルテクノロジーに出資。


③トレックス・セミコンダクター(6616)

株価(2021/6/22) 時価総額 予想PER PBR EV/EBITDA
3,100円 358億円 24.22倍 1.71倍 9.1倍

トレックス・セミコンダクター・グループはファブレスで設計と販売を行うトレックス(親会社)と、日本で唯一ディスクリートおよびパワー半導体、そしてIC向けにCMOSプロセスを採用しているフェニテックというファウンドリー企業(100%連結子会社)で構成されている。トレックス・セミコンダクターは電源ICの世界トップレベルの設計能力を持っており、独自の超小型パッケージ技術と高い省エネルギー効率を特徴としている。2020年にノベルクリスタルテクノロジーと資本提携をし、酸化ガリウムの共同研究を行っている。


④佐鳥電機(7420)

株価(2021/6/22) 時価総額 予想PER PBR EV/EBITDA
829円 148億円 34.10倍 0.47倍 10.1倍

佐鳥電機は半導体・電子部品商社で上位。絶縁監視装置や通信関連など自社製品を拡充している。台湾への販売が強みである。2020年ノベルクリスタルテクノロジーに出資。


⑤新電元工業(6844)

株価(2021/6/22) 時価総額 予想PER PBR EV/EBITDA
4,995円 516億円 13.20倍 1.04倍 N/A

車載・産業用パワー半導体やホンダ向け等2輪用電装品を展開。2020年ノベルクリスタルテクノロジーに出資。


⑥安川電機(6506)

株価(2021/6/22) 時価総額 予想PER PBR EV/EBITDA
5,280円 1.4兆円 43.54倍 5.60倍 32.5倍

独自制御技術でサーボモーターとインバーター世界首位。産業用ロボットも累積台数世界首位。2020年ノベルクリスタルテクノロジーに出資。


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プロフィール

西村麻実 / MamiNishimura
株式会社クリプタクト
マーケットアナリスト 西村 麻美

新卒でメリルリンチ証券東京支店入社後コーネル大学経営大学院にMBA留学。
卒業後東京に戻りHSBCアセットマネージメントにて日本株アナリスト、年金運用、アライアンスバーンスタイン東京支店にてプロダクト・マネージャーとして勤務後フリーランスのコンサルタントを経て現職。


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