インフレ、円安と小売り企業にとり苦境が続く

2022年2月下旬にロシアによるウクライナ侵攻が始まり既に約7カ月が経過した。エネルギー価格、小麦等の価格のインフレ、24年振りの円安と日本のスーパーを始めとした小売業にとって生き残りをかけた競争が激化している。日本は食料自給率が38%(生産額ベースでは63%、農林水産省のデータ)と低く、米以外の殆どの食料品は輸入の依存度が高い。

ウクライナ危機が始まりエネルギー価格や一部ロシア産海産物の急騰後もイオンや西友は3月時点では「値上げしません!」宣言をしていたが、7月頃から原材料高騰により値上げに踏み切った。原油価格は5月にピークアウトし、80ドル台半ばまで落ちてきたが2020年10月時点の価格から139%も上昇している。

2020年を100とした企業物価指数と消費者物価指数のグラフは以下である。企業物価指数は通常消費者物価指数の先行指標であるが、2021年年初より上昇しているのは原油価格の上昇の為である。消費者物価指数はこのグラフを見る限り極端に上昇していないが、それは企業努力により仕入コスト高を売価に転嫁していなかったからであった。しかし、企業努力にも限界があり売価に転嫁していかざるを得ないので、これからはもっと上昇していくだろう。2022年10月には食品、飲料のみならず日用品まで6,500品目以上の値上げを予定している。

 

           (企業物価指数は日銀、消費者物価指数は総務省のデータを使い株式会社pafin作成)

 

                (Investing.comのデータを使い株式会社pafin作成)

このレポートではインフレ、円安と厳しい環境の中で業績悪化を最小限に留められる小売り企業はどこかを直近の決算結果、KPIから探してみる。KPIは営業利益率、ROIC(投下資本利益率)、棚卸資産回転率を見る。円安とエネルギー価格上昇で営業利益率は売価に転嫁しない限り低下せざるを得ないが、棚卸資産回転率が改善(上昇)する事により商品が売れるスピードが上がり、現金化するために棚卸資産回転率が高い程効率的な経営をしていると言える。

食品スーパーマーケット

インフレと円安という厳しい環境の中で小売業の業績はどうであろうか?上場している食品スーパーマーケットの直近の業績を以下にあげる。ヤオコーといなげやは3月決算で他は2月決算であり、1Q(3~5月)の決算結果である。ヤオコー、いなげやは1Qは4~6月である。

 

ライフコーポレション(8194):食品スーパーで売上高トップ級。首都圏と近畿で集中展開。三菱商事の持分法適用関連会社。

営業収益 1,858億円収益認識の会計基準を変更したために前年比なし。
営業利益        55億円前年同期比▲34.4%
四半期純利益 39.8億円同▲34.4%
営業利益率3.0%同▲1.4%
ROIC9.0%同▲0.2%
棚卸資産回転率7.37回前年同期7.81回 前Q(4Q)7.81回

 

ヤオコー(8279):埼玉県を中心に独立系で食品スーパーを展開している。営業利益率は業界首位級。33期連続増収増益達成。ヤオコーは競合食品スーパーマーケットが必ずベンチマークする優良経営である。

営業収益1,369億円前年同期比4.2%増
営業利益    77億円同▲5.7%
四半期純利益52億円同▲4.1%
営業利益率5.8%同▲0.6%
ROIC7.6%同▲0.9%
棚卸資産回転率13.38回前年同期13.94回 前Q(4Q)13.00回

 

ベルク(9974):埼玉県中心に食品スーパーを展開。店舗運営の標準化や自社物流が強みで高収益体質。イオンと提携している。

営業収益740億円収益認識の会計基準を変更したために前年比なし。
営業利益29億8,600万円収益認識の会計基準を変更したために前年比なし。
四半期純利益20億7,800万円▲13.5%
営業利益率4.1%▲0.5%
ROIC7.7%▲0.8%
棚卸資産回転率9.31回前年同期9.67回 前Q(4Q)10.08回

 

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(3222):イオン系。首都圏で展開する食品スーパー最大手。傘下にマルエツ、マックスバリュ関東等。   

営業収益1,736億円収益認識の会計基準を変更したために前年比なし。
営業利益7億5,600万円前年同期比▲72.4%
四半期純利益2億3,700万円同▲85%
営業利益率0.4%同▲1.2%
ROIC4.2%同フラット
棚卸資産回転率9.93回前年同期11.25回 前Q(4Q)10.95回

 

マックスバリュ東海(8198):イオン系の食品スーパー。経営破綻した旧ヤオハンが母体。マックスバリュ中部を2019年に吸収合併した。

営業収益857億円収益認識の会計基準を変更したために前年比なし。
営業利益22億円前年同期比6.1%増
四半期純利益14億6,000万円同11.9%増
営業利益率2.6%同0.2%増
ROIC12.6%同0.8%増
棚卸資産回転率9.46回前年同期 10.22回 前Q(4Q)10.12回


いなげや(8182):東京多摩地域の食品スーパー。子会社にドラッグストア・チェーンのウェルパークがある。イオンが筆頭株主(持株比率15%)

営業収益601億円前年同期比▲6.8%
営業利益▲3億2,000万円赤字転落
四半期純損益▲2億9,600万円赤字転落
営業利益率N/A前年同期1.5%
ROICN/A同4.7%
棚卸資産回転率5.80回前年同期6.32回 前Q(4Q)6.09回

 

リテールパートナーズ(8167):地方の食品スーパー連合。2015年に山口の丸久と大分のマルミヤストア、2017年に福岡のマルキュウが統合した。

営業収益580億円収益認識の会計基準を変更したために前年比なし。
営業利益13億5,500万円前年同期比1.2%増
四半期純利益9億6,600万円同▲1.8%
営業利益率2.3%同0.1%
ROIC4.2%同▲0.1%
棚卸資産回転率7.54回前年同期8.29回 前Q(4Q)8.31回

 

以上が上場している食品スーパーマーケットの直近の業績である。全社仕入価格、電気代の上昇している状況は変わらないはずだが、マックスバリュ東海(8198)は増収増益を達成した。一方いなげや(8182)は赤字に転落した。マックスバリュ東海の過去の業績を調べると前年同期(2022年2月期1Q)の決算が減収減益の決算であり、前年同期のハードルが低かった為に増収増益となった。33期増収増益のヤオコーは1Qは増収減益ではあったが、営業利益率は5.8%と食品スーパーマーケットとしては断トツに高く、また棚卸資産回転率も群を抜いて高い。赤字に転落したいなげやの棚卸資産回転率の2.3倍高い。インフレ下でコスト増になっても充分に利益を出す事ができる食品スーパーマーケットであると言えるだろう。ヤオコーは総菜とPB商品が強く有名であるが、自社で総菜加工センターを保有しており、これが高利益体質の要因の一つである。

製造小売企業

それでは業務スーパーを運営する神戸物産(3038)の業績はどうだろうか?神戸物産は10月が決算月であり、直近決算は3Q決算(累計)である。

営業収益3,000億円前年同期比12.2%増
営業利益218億円同2.9%増
四半期純利益159億円同7.1%増
営業利益率7.3%同▲0.6%
ROIC21.0%同4.0%増

                                        

3Q単体の決算結果は

営業収益1,019億円前年同期比12%増
営業利益71億円同4%増
四半期純利益49億円同3%増
営業利益率7.0%同▲0.5%
ROIC14.2%同▲2.3%
棚卸資産回転率6.12回前年同期7.01回 前Q(2Q)7.01回

 

神戸物産は単なる小売りというよりも製造小売業である。自社保有の北海道の広大な畑で農作物を栽培、養鶏場で養鶏など原材料の調達も自社内で完結しているアイテムもある。輸入品に関しては直接海外から輸入仕入をし、自社工場で加工し、流通させている。またPB商品は200アイテム以上ある。神戸物産は2021年9月にアジアからの輸入品を中心に約200品目のPB商品を平均で約6.5%値上げした。その後も原油高や円安を受けて細かく値上げをしているが元々低価格なので、通常の食品スーパーのPB商品よりも割安である。PB商品は通常商品よりも利益率が高い。また業務スーパーのPB商品はSNSでバズる事が多く、ヒット商品が出ると利益率が上がる。神戸物産の直近の決算(3Q、5~7月)の数字を見てもインフレ、円安のなかでも増収増益を達成した。棚卸資産回転率については製造販売業の神戸物産の数字を小売り企業と比較する事はあまり意味がないと考えている。小売業と違い仕掛け品、原材料及び貯蔵品を抱えているのでその分回転率が低くなる。

流通総合グループ

食料品や日用品をはじめ、衣料品・実用品などを総合的に幅広く取りそろえる総合流通グループの業績及びKPIはどうだっただろうか?PPIHは6月決算であり、直近決算は2022年6月期通期決算。他2社は2月が決算月であり、1Q決算であった。

 

セブン&アイ・ホールディングス(3382):国内首位の流通グループ。コンビニ(日、米7-11)を軸に総合スーパー、百貨店、外食、セブン銀行などを展開。

営業収益2兆4,473億円前年同期比57.3%増
営業利益1,024億円同32.1%増
四半期純利益650億円同51.2%増
営業利益率4.2%同▲0.8%
ROIC4.3%同▲0.9%
棚卸資産回転率8.67回前年同期9.11回 前Q(4Q)9.11回

 

イオン(8267):国内流通2強の一角、総合スーパー(GMS)中心。M&Aで成長。上場子会社で金融、不動産など。100均のキャンドゥ、四国地盤のスーパーフジが今期より連結子会社になった。

営業収益2兆2,032億円前年同期比2.3%増
営業利益439億円同12.0%増
四半期純利益194億円同287.3%増
営業利益率2.0%同0.2%増
ROIC2.7%同▲0.1%
棚卸資産回転率3.79回前年同期3.87回 前Q(4Q)4.08回

 

パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH、7532):総合ディスカウント店ドン・キホーテを展開。子会社にGMSの長崎屋、ユニー。北米のスーパーGelson'sを買収し前期より子会社化。ハワイにドンキ3店舗。ASEANでの出店加速。2022年6月期通期で33期連続増収増益達成。

営業収益1兆8,313億円前年同期比7.2%増
営業利益887億円同9.2%増
四半期純利益619億円同15.2%増
営業利益率4.8%同フラット
ROIC5.8%同▲1.6%

 

PPIHの4Q(4~6月)単体の決算結果は

営業収益4,608億円前年同期比4.6%増
営業利益256億円同77.6%増
四半期純利益159億円同85.0%増
営業利益率5.6%同2.3%増
ROIC5.8%同▲1.6%
棚卸資産回転率2.24回前年同期2.17回 前Q(3Q)2.20回

 

総合流通グループの中ではPPIHの好調が目立つインフレ、円安の中で四半期純利益を前年同期比85%増と大幅増益を達成した。4Qとして売上、営業利益ともに過去最高を更新した。ドル高による営業利益率も同2.3%改善、棚卸資産回転率も改善した。PPIHの棚卸資産回転率はセブン&アイやイオンより低いが、ドンキホーテの圧縮陳列によるところが大きいが、それでも回転率は改善した。また、ROICの低下は有利子負債が増加した事が要因である。セブン&アイ・ホールディングスも利益増の幅が大きいが営業利益の増益分の殆どがドル高による米国の7-11からの貢献であった。PPIHの営業増益のうち、ドン・キホーテからの貢献が29%と一番大きかった。PB/OEM強化、在庫圧縮等により既存店の粗利率は前期比0.5%改善し、ドン・キホーテのセグメントの営業利益は同60.9%増益を達成した。またドル高と粗利率改善によりGelson'sの営業利益は前期比83.6%増と大幅増益となった。

なお、PPIHについては1年3か月前に弊社では個別レポートを作成している。PPIHについてもっと詳しく知りたい場合は個別レポートをご参照ください。また2022年6月期の決算メモはこちらになります。

 

アナリストビュー

以上インフレに強い小売り企業を探したが、食品スーパーでは33期連続増収増益達成のヤオコー(8279)、製販一体企業の神戸物産(3038)、総合流通グループでは同じく33期連続増収増益達成をしたPPIH(7532)の3社をインフレに負けない小売り企業として選んだ。この3社に共通しているのは営業利益率が高く、PB商品比率が高い事である。また、ヤオコーは国内事業のみであるが、インフレ、円安でも自社加工の利益率が高い総菜等の貢献が大きい

 

執筆者プロフィール

株式会社pafin 

マーケットアナリスト 西村 麻美

西村麻美/mami.png

新卒でメリルリンチ証券東京支店入社後コーネル大学経営大学院にMBA留学。
卒業後東京に戻りHSBCアセットマネージメントにて日本株アナリスト、年金運用、アライアンスバーンスタイン東京支店にてプロダクト・マネージャーとして勤務後フリーランスのコンサルタントを経て現職。

 

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