ゴールドマン・サックスに約14年間勤務し、最大2,000億円を運用、自身もアメリカ人であるアミンが米大統領選後の市場の見通しについて語りました。
米国の選挙制度から、両氏の政策、選挙後の市場の見通しまで解説しています。
主に市場の見通しを知りたい方は「3.暴落?バブル?横ばい?」からご確認ください。
2016年の下剋上は繰り返されるか
信用できない世論調査
2016年はクリントン氏がトランプ氏より287万件(2.1%)多く票を獲得した一方、選挙人団投票で過半数を獲得できず落選しました。当時クリントン氏は世論調査で2-4%ほど支持率は高かったにも関わらず、激戦州で選挙当日まで多くの有権者がギリギリの判断で別れ、結果的に世論調査は大きく外れることになりました。
この経験が、今回バイデン氏が有利と報道されている一方で、それに対しての疑問の声も多い要因となっています。
今さら聞けない大統領選の仕組み
ここでアメリカの大統領選の仕組みについて簡単におさらいしてみましょう。 州の人口に比例して538人の選挙人が各州に分配されており、その過半数の270人の票を獲得した大統領が当選します。ここで各州の選挙人がどちらの候補者に投票するかは、メイン州(4人)とネブラスカ州(5人)を除く全ての州において、勝者独占方式(Winner-take-all)となります。つまり、その州で勝った候補者に、その州の全選挙人の票が流れるということです。
民主党寄りの「ブルーステート」と共和党寄りの「レッドステート」はほとんどぶれることはないのですが、どっちにもぶれる可能性のある「激戦州」が結果的に選挙の行方を決めるケースが多いです。
例えば、2016年のトランプ氏の場合、1992年以降必ず民主党が勝利していたミシガン州(MI)、ペンシルベニア州(PA)、ウィスコンシン州(WI)で当選したことが決め手でした。
前回の選挙との違い
さて、話を今回の選挙に戻しましょう。前回の2016年の選挙の時と異なる点を見ることで、今回の選挙の趨勢を考えていきたいと思います。
まず、2016年のトランプ氏は挑戦者の立場であり、「希望」を武器に「社会主義化の阻止」や、グローバル化ではなく「ブルーカラー労働者重視」の夢を多くの有権者に訴えかけることで、支持を集めていました。
しかし、今回はトランプ氏は現職の大統領であり、前回と異なり何よりも「現実」との闘いに苦戦しています。これまでの4年間を見ると、ニクソン大統領を含む過去12人の大統領の中で最も支持率が低い大統領となっています。
そのため世論調査では今回はバイデン氏有利となっています。前回の誤差もあることから、世論調査を信用することはもちろん難しいのですが、重要なポイントとしては、仮に世論調査が前回と同じくらい間違っていたとしてもバイデン氏は支持率の点で約4%ほど有利な立場にいる、ということです。
2016年の同時期の世論調査では、クリントン氏は約6.2%ほど有利でした。一方で着地は+2.1%と4.1%の誤差がありました。+2.1%でも勝者はトランプ氏となったわけですが、今回はバイデン氏が+10%強の差を保っています。11月3日に向けてこれをどこまで維持できるのか?が焦点となりますが、現時点では6%ほどの支持率がぶれてもまだ+4%ほどはバイデン氏が有利な状況と言えます。
また2016年は第3勢力のジョンソン氏が実は450万票獲得しており、これもまた波乱を生み出す要因の一つとなったのですが、今回は第3勢力は目立っておらず、不確定要素の少ない、ある意味「白黒」はっきりした闘いが予想されます。
さらに、前回との違いで言えば、郵便投票、期日前投票の多さが挙げられます。新型コロナウイルスの影響により、有権者の3人に1人(6,000万人)が郵送や期日前投票で投票済であり、過去にないペースとなっています。特に多くの若者やアフリカ系アメリカ人が初めて投票権を行使したと報道されています。これがまさに今回の波乱要因となり得るもので、これまで選挙に行かなかった人たちがどちらに投票したのか不透明なことが、今回の不確定要素の1つとなるでしょう。
忘れてはいけない上院・下院選挙
極端に二極化しているアメリカ社会において、両院を抑えていない状況では意味のある政策を打ち出すことができません。2016年の本当のサプライズは「トランプ勝利」ではなく、「共和党が両院を勝ち取った」ことでした。
そのため、今回の最も重要な点は、仮にバイデン氏が勝利したとしても、民主党が圧勝して両院を抑えて、効率的に政権を運営できる体制を整えられるかどうか、にあります。
それぞれの政策
出たとこ勝負のトランプと正統派のバイデン
さて、ここでそれぞれの政策について見ていきましょう。 まずはトランプ陣営からですが、トランプ流政治が支配する共和党は、今回の選挙に向けて6月に2016年と全く同じ政策を打ち出しました。ただ、さすがにそれではまずかったのか、8月に追記を発表しており、上記のような政策を主に打ち出しております。
一方でバイデン氏及び民主党は多くの政策を発表しました。その中で経済に関係するものは上記の通りです。
恩恵を受ける業界、受けない業界
それぞれの政策から、米株を考える上で各業界で恩恵を受けかどうか図示したものが上記です。こうしてみると大きな違いはあまりないのですが、観光・レジャー関係や再生エネルギーはどちらの政権でも恩恵を受ける一方で、いわゆるGAFAやFANGと呼ばれたりする、大手プラットフォームに対しては厳しい当りが予想されます。他には、機械・インフラ業界であったり、金融業界が政権によって温度差が多少でる業界となります。
暴落?バブル?横ばい?
民主党、共和党下の米株
ここからは株式市場への影響について考えてみます。よく民主党になると株価が下がる、といった話があるのですが、実は過去振り返ると民主党で株価が下がるというのは根拠が全くないことがわかります。
過去100年間を見ると、むしろ共和党政権のほうが下落が多いです。もっともトランプ政権は現在非常に実績が良く、政権発足以来50%以上マーケットは上がっています。 いずれにせよ、政党だけで判断するのは避けるべきであり、当然ではありますが中身をみて判断していくことが求められます。
トランプ流選挙がもたらすボラティリティ
さて、今回の選挙に関して、実はトランプ大統領はこれまで「大統領選の結果を受け入れる」と発言したことがありません。加えて、郵便投票が歴史的に多い中で、11月3日当日に結果がわからない可能性があることなど、得票数が僅差である場合に再集計が長引いたり、両陣営とも敗北宣言を出さない可能性があります。そうなると最高裁に付託されることもあり、実はマーケットにとってのワーストケースは、よく言われるような民主党が勝利することではなく、この不透明さが長引くことにあります。
選挙資金・経済界からの見方
また、秩序のない資本主義よりも予測可能な社会主義のほうが望ましい、という動きが足元出てきており、規制強化が予想されている金融業界ですらバイデン氏への政治献金が多い状況です。9月に開催されたイェール大学経営大学院の会議に出席したCEO100人のうち、77%がバイデン氏に投票する予定と答えています。経済界も民主党勝利を望んでいる雰囲気があり、民主党が勝利することがネガティブとは捉えていないようです。
要注意はテクノロジー株
ただし、どちらの政権が勝つかに関わらず、テクノロジー株を要注意と考えています。ITバブルとは異なり、現在のテクノロジー株の相対的優位性は構造的要因が大きいです。そのため、単純なバブルと位置付けるつもりは全くありませんが、それでも、新型コロナウイルス後の急上昇に対する反動や規制リスクについては、来年にかけて要注意であると考えています。
特に規制については、欧米の政治家が「グローバルプラットフォーマーの権力の暴走」を食い止めるべくグーグル等を独占禁止法違反で提訴しています。その中で、かつて巨大金融機関に対してもあったような解体論まで浮上しており、アマゾンなどもその対象になる、という声もあります。規制がどういう方向に進むかは、今後の行く末を見ないとはっきりしない側面はありますが、こういった議論が今後は常に出続けるリスクについては意識すべきでしょう。
弱気派が全滅した2020年
2020年のマーケットは弱気派が全滅した年となりました。金融業界では2010年代にニューノーマルという言葉が使われて久しいですが、新型コロナウイルス以降、さらにこのニューノーマル、新たな時代は強化されています。つまり、「あらゆる危機、ショックへの対策は必ず取られる」ということであり、何かあっても政府や中央銀行が助けてくれる、というものです。
このような時代の中で、リスクアセットを売ったところで次に何に投資をするのか?、というのが大きなテーマでもあり、疑問となります。いつかは崩壊がくるかもしれないのですが、とても皮肉なことに、その崩壊(≒国家の崩壊)に対して逃れるところがない、心配しても意味がない、という現実がさらにこの強気なマーケットを加速させることになります。
今はバブルなのか?
最後にあくまで個人的な見解となりますが、大統領選後に向けた米株マーケットのビューについて一言コメントしておきます。
結論から言えば、S&Pが4,000を超えていく確率は、3,000を今後下回っていく確率よりも高いと考えています。S&Pのバリュエーションは高い、とよく言われるのですが、バリュエーションだけで暴落がきたことなど一度もありません。本当のバブルは、エクイティリスクプレミアムの低下を伴うのですが、上記の表のように現状は正常な状態であり、まったく低下していません。そういう意味では、本当のバブルはこれから、とも考えられるのではないか?と個人的には思っています。