目次

  1. バフェット効果で上昇相場入り
  2. 東証よりPBR1倍割れ企業に改善要請
  3. プライム経過措置銘柄は待ったなし
  4. 超割安銘柄が大きく上昇するチャンス
  5. スクリーニング結果

バフェット効果で上昇相場入り

2023年も早くも6月に突入したが、日本株市場ははっきりと四月を境に上昇相場入りした。日経平均株価は連日バブル経済崩壊後の高値を更新している。6月6日の日経平均株価の終値は32,506.78円であった。日本株の上昇相場入りは4月の半ばにウォーレン・バフェット氏が五大商社の保有比率を開示し、日本株の追加投資を検討しているとコメントした事が大きなきっかけであったようだ。

東証のデータによると海外投資家は4月に計約2兆2,000億円買い越しをした。5月は第四週(5月26日)までに3兆1,470億円の買い越しが続いている。流動性が高いプライム上場の225銘柄で構成される日経平均株価は絶好調である。一方プライム上場全銘柄で構成されるTopix(東証株価指数)は6月6日の終値で2,236.28 と2,200台にはのせたものの1989年末につけた最高値の2,884.80に到達するには約30%近く上昇する必要がある。つまり、プライム上場銘柄のうち業績の良い時価総額の大きい銘柄は上昇しており、一方業績が悪い或いは/かつ資本効率が低い銘柄は売られているという状況である。

このようなマーケットの環境下で、バフェット氏の投資手法に習いテンバガー銘柄を探すという試みをしてみたい。バフェット氏の投資手法はバリュー株(割安株)投資で有名であるが、そもそもバリュー株とは将来利益や純資産などで評価した企業価値(EV、enterprise value)に比べて、株価が割安に放置されている銘柄のことである。バフェット氏は五大商社が企業価値に比べて割安だと判断して投資をしたが、このレポートではバフェット株候補の超割安銘柄に投資してテンバガーを目指すという手法について書いてみる。

なぜこの投資手法が有効かというと東証の市場改革で上場企業、特に割安なプライム上場企業は資本コストや株価を意識した経営により株価を上げないとプライム市場から退場になる可能性があるからだ。

また、東証の市場改革を追い風としてアクティビスト・ファンドの動きが活発化している事も超割安株投資が有効である理由の一つである。アイ・アールジャパンによると、5月11日時点でアクティビストによる株主提案の提出件数は43件と、前年同時点の27件を大きく上回った。4月には米国のダルトン・インベストメンツがゼネコンの戸田建設に対し、PBR1倍割れの改善に向け株主還元の拡充と資本効率を高めることを要求した。5月には香港のオアシス・マネジメントがゼネコンの熊谷組に発行済み株数の20%に当たる自社株買いや1株当たり188円の配当実施、配当性向75%を目標とした株主還元を求める提案をしたとの報道があった。

東証よりPBR1倍割れ企業に改善要請

東証は三月末に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」という資料を発表した。この資料によるとプライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の企業でROE(自己資本利益率)8%未満、PBR1倍割れが続いており、これらPBR1倍割れの低迷する企業に改善策を開示・実行するよう要請を行った。

東証が発表した資料によると

ROE8%未満、PBR1倍割れは資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況であり、市場区分見直しに関するフォローアップ会議では、こうした現状を踏まえ、今後の各社の企業価値向上の実現に向けて、経営者の資本コストや株価に対する意識改革が必要との指摘がなされています。

本資料は、こうした現状や議論等を踏まえ、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けて重要と考えられる対応をまとめたものであり、上場会社の皆様に積極的な実施をお願いするものです

また5月中旬に新潟市で開催されたG7財務大臣・中央銀行総裁会議の初日に金融庁がOECDとの共催で開いたラウンドテーブルに東証を傘下に持つ日本取引所グループCEO、金融庁審議官、鈴木英敬・内閣府大臣政務官が招待され発言をした。ダイヤモンド・オンラインの2023年5月22日号の記事によると (以下記事要約)

「われわれは上場企業に対し、資本コストにフォーカスし、資本効率の良い経営を考えるよう要請している。加えてディスクロージャーも向上させていきたい」 日本取引所グループ(JPX)CEO 山道氏

「強い決意を持って継続的なコーポレートガバナンス改革に取り組んでいく」 金融庁井上審議官

「過去10年間に行った数々の改革の結果、企業の意識は大きく変化した。今後、形式から実質へと改革をさらに深化させ、真の意味での企業価値の向上を図ることが必要だ」 鈴木内閣府大臣政務官 

G7財務大臣会議の場でJPXのCEO、政府官僚がここまで踏み込んだ発言をしているのは異例の事であり、今回の東証の市場改革は外国人投資家を意識したものである。成功すれば日本株は万年割安からやっと脱却し、バリュエーションの上方修正とともに本格的な上昇相場になるのではと期待が持てる。

プライム経過措置銘柄は待ったなし

東証は2022年4月にプライム、スタンダード、グロースの3つに市場を再編したが、プライムは特定株(大株主や役員などの保有分)を除く流通株式ベースで時価総額100億円以上という基準を新たに設けた。この際、すでに東証に上場している企業に対し、プライムなどの基準に満たなくても暫定的な経過措置として上場を認めた。経過措置の対象は2022年12月末時点でプライムが269社あった。

これら経過措置の対象企業は3月末決算であれば2025年3月末時点で基準をクリアしていない場合1年間の改善期間入りとなる。2026年3月末時点で上場維持基準に適合しなければ、上場廃止予備軍である「監理銘柄」に指定され、最短で2026年9月にも上場廃止となる。スタンダード市場に移る場合には、一度上場廃止してから再度審査を受ける必要がある。資本コストや株価を意識した経営により株価引き上げや流通株式増加に取り組まないと上場廃止になるとあり待ったなしの状況である。

超割安銘柄が大きく上昇するチャンス

PBR1倍割れ企業の改善要請、また東証の市場再編で経過措置の対象企業の二年弱の猶予期限を考えると超割安銘柄が資本コストや株価を意識した経営の実践により株価が大きく上昇するチャンスであると言える。ただ、株価が上昇するためには単なる割安銘柄ではなく、実際に経営改善するために必要な体力、つまり利益レベルをあげるための事業買収やM&A等の新規投資や株主還元に使えるキャッシュを充分に保有している必要がある。

キャッシュリッチで財務がしっかりしている超割安企業を探すにあたり以下の指標を使いデータベースでスクリーニングする。

①PBR(株価純資産倍率、Price-to-book):株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているかを見る投資尺度である。現在の株価が企業の資産価値(解散価値)に対して割高か割安かを判断する目安として利用される。

②ROE(自己資本利益率 、Return on equity):株主が拠出した自己資本を用いて企業がどれだけの利益をあげたか、つまり株主としての投資効率を測る指標である。日本の上場企業の場合8%が目標水準である。

③現金/総資産比率:総資産に対して現預金をどの位保有しているかを測る目安である。この比率が高ければ高い程、株主還元や利益を生む為のM&A等の新規投資に使われずにいる状況である。現預金から有利子負債を除いたネットキャッシュと時価総額を比較すると更に正確に把握ができる。その際には時価総額をネットキャッシュで割ったネットキャッシュ倍率が1倍未満であれば割安であると判断できる。どちらの指標を使っても良いと思うがこのレポートでは使用するスクリーニングの機能にネットキャッシュ倍率がないので現金/総資産比率を使う。

④EV/EBITDA:EV(事業価値、Enterprise value)=時価総額 + 有利子負債 – 現金等                   EBITDA = 営業利益 + 減価償却費                                       EV/EBITDA倍率はある企業を買収した場合、その企業が獲得するおよそ何年間の本業利益で、買収した際のコストを回収できるかを測定する指標であるが株価が割安かどうかの判断にも使える。計算式を見て分かるように現金を多く持つ企業は分子のEVが小さくなりEV/EBITDA倍率が低くなる。

⑤自己資本比率:総資本における自己資本の割合。自己資本比率が高いほど企業経営の安全度が高いが、自己資本比率が高過ぎてROEが低い場合は利益を上げるために資本を有効活用できていない。

ここでは①PBR0.9倍以下、②ROE8%未満、③現金/総資産比率25%以上、④EV/EBITDA5倍未満、⑤自己資本比率60%以上と設定してプライム上場銘柄をスクリーニングする。

スクリーニング結果

上述した5つの指標を使いプライム上場銘柄をスクリーニングした結果が以下である。全部で36銘柄である。

code#NameMktCPBRROESER*C/A*EV/EB*
4839WOWOW2960.43.668.929.60.2
8917ファースト住建1480.45.668.729.82
7296エフ・シー・シー8360.567625.51.3
6349小森コーポレーション4920.55.364.628.82.1
8011三陽商会1800.55.966.938.41.2
6853共和電業930.53.468.127.52.6
5988パイオラックス6430.63.388.9323.6
7455パリミキHD1610.61.873.834.42.7
6809TOA2680.63.872.426.53.4
1930北陸電気工事2390.6474.337.50.8
7949小松ウオール工業2240.64.580.934.81.8
7628オーハシテクニカ2040.63.780.545.40.2
6485前澤給装工業2390.63.785.625.24.3
7925前澤化成工業2300.63.882.326.24.1
6763帝国通信工業1510.65.582.934.32
7313テイ・エステック2,2260.71.871.831.92.8
7981タカラスタンダード1,2170.74.664.928.72.4
4095日本パーカライジング1,1850.7670.332.32.1
7958天馬5270.73.676.229.83.3
6118アイダエンジニアリング5310.71.76726.23.8
4212積水樹脂8210.7678.932.23.7
6820アイコム4130.74.39043.83.2
6151日東工器3930.74.586.740.32.6
6482ユーシン精機2330.767939.62.5
6167冨士ダイス1330.76.377.7253.3
9948アークス1,3130.85.864.527.33.6
1884日本道路7390.85.963.725.13.2
9413テレビ東京HD7500.87.266.629.92.9
9729トーカイ6470.87.573.732.62.6
6800ヨコオ3970.86.766.7254.7
6282オイレス工業5830.8679.326.94.1
1976明星工業4500.87.976.237.42.3
7931未来工業3970.85.676.9362.2
4109ステラケミファ3570.85.377.327.24.6
7976三菱鉛筆8920.96.778.836.93.6
6905コーセル3700.94.588.527.84.6

*注:SER(自己資本比率)、C/A(現金/総資産比率)、EV/EB(EV/EBITDA)

36銘柄全てについて分析をするのは時間がかかり過ぎるので、4銘柄に絞ってファンダメンタル分析をする。

1) WOWOW(4839)

企業概要:日本初の民間衛星放送会社。BS、CSに有料番組提供。スポーツ、音楽、オリジナルドラマ制作に注力している。

業績推移:2018年度に加入者数は290万人のピークをつけた後ネットフリックス等の動画配信サービスの普及に伴い加入者数は四年連続純減となり2022年度(2023年3月期)の加入者数は256万人であった。WOWOWの月額料金は2,300円(税込2,530円)とNetflixのベーシックプラン990円(税込)の倍以上と割高感が強い。Netflixの日本の会員数は2020年に会員数500万人を突破したと公表したが、直近の会員数についての公表はないものの、海外では広告付き低価格プランを始めており、近い将来日本でも始めると思われる。広告付き低価格プランがローンチされれば更に会員数を伸ばしていく事が予想されWOWOWは益々苦境に立たされるのではと推測している。

ドラマや映画に関してはNetflixが競合であると思うが、スポーツに関してはDAZNが競合であるだろう。WOWOWではリアルタイムでサッカー、テニス等の試合が見れるが、DAZNはリアルタイムと見逃し配信の両方をやっている。DAZNの月額料金は3,700円(税込)。年間プランの月々払いは3,000円(税込)、年間プランの一括払いは30,000円(税込)である。

WOWOWは加入者減少をくい止めるためにアニメのオンデマンド・コンテンツを常時50作品以上配信、映画とドラマが連動した大型企画、アーティストと長期間で取り組む音楽企画等の対策をしているが、会員数純減が止まる気配はない。株価は5月の下げが大きく一カ月間で約19%下落した。PBRは0.4倍であるが、EV/EBITDAは0.2倍である。EV/EBITDAが0.2倍という事は仮にWOWOWが買収されたとしたら理論的には2.4カ月で買収コストが回収できる程株価が超割安な状態である。 

実際のところは民放各社が大株主であり、浮動株比率が19.1%しかないために買収される事は難しいと思われる。現預金が2023年3月期で287億円、投資有価証券は100億円であった。投資有価証券は前期比10億円増であったが、従来より大株主の民放局の株式は保有していたと思われるが、新規に国内外のエンターテインメント企業への投資、ベンチャーファンドへの投資を2023年3月期から開始したとの事でその分増加したものと思われる。業績がもっと悪化し、財務状況が悪化する前に事業買収、M&A等で起死回生を図るのも一つの手であるだろう。

2)三陽商会(8011)

企業概要:アパレル大手。中高価格帯ブランドが中心、百貨店販路が主力。2015年バーバリーとの契約終了以来業績が長期低迷していた。

業績推移:2015年にバーバリーとの契約が終了して以降業績が低迷し、四期連続で最終赤字を計上し、更に2020年にコロナで臨時休業を余儀なくされ、手元資金が急減し資金繰りがピンチに陥った。銀座に所有していた「ギンザ・タイムレス・エイト」ビルを売却し、67億円の特別利益を計上し、経営危機を脱した事が印象に新しい。

2023年2月期に調達原価率の低減による売上総利益率の改善、販管費低減等により八期ぶりに営業黒字を確保した。黒字を達成したのは良かったが、EC/通販比率が14%と低い。百貨店、直営店比率合わせて72%とリアル店舗売上に依存している。競合のEC化比率はオンワードが30%、ワールドが22%である。また、ブランド・ポートフォリオが中高価格帯に集中し過ぎの印象があり、経済環境に合っていないと思われる。

スクリーニングした時点の時価総額が180億円であったが、そのうち特定株比率が56.6%であり、東証の定めた足切りラインの特定株を除いた時価総額100億円に引っかかる可能性がある。三陽商会の2023年2月期時点の現預金は209億円、借入金が68億円、ネットキャッシュが141億円、ネットキャッシュ倍率が1.3倍と低く、現預金が有効に活用されているとは言い難く、せっかく経営改善が上手く行っているのでEC化比率をもっと引き上げ、低価格帯ブランドの買収等の利益を伸ばす施策が期待される。

3)タカラスタンダード(7981)

企業概要:システムキッチンやユニットバスを製造販売する住宅設備メーカー。国内マンションのシステムキッチン市場で約8割と圧倒的なシェアを持つ。

業績推移:業績は安定的に推移している。2023年3月期は売上高は過去最高を更新したが、資材・エネルギー価格高騰の影響で減益となった。タカラスタンダードの場合は時価総額が1,217億円とプライム市場に相応しい大きさであるが、粗利益率33.4%、営業利益率4.8%と低い為にPBRは0.7倍と割安である。2023年3月期時点の現預金は804億円、投資有価証券は121億円保有していた。短期借入金が81億円、ネットキャッシュ723億円であった。ネットキャッシュ倍率が1.7倍と低く、現預金が新たな利益を生むものに活用されていない状況である。

日本国内の住宅市場は少子高齢化でマンション販売戸数、戸建て住宅戸数も減少する一途であるが、リフォーム市場は低率であるが伸びている。タカラスタンダードの市場別売上はリフォーム売上は746億円と戸建て売上(699億円)やマンション売上(717億円)よりも若干大きい。海外展開に関しては東アジアを中心に 10 カ国で現地の販売代理店を通して商品を販売している。中でも台湾は、現地販売店が約 30 店舗のショールームを展開しており、最も重要な市場の一つである。海外事業に関しては2022年3月のプレスリリースで2022年3月期に10億円の売上になる予定とあった。2023年3月期決算説明会資料によると2030年度に海外売上高100億円を目標としている。

自社株買いに関しては2023年3月期に36億円実施(総還元性向87.2%)、今期は38億円実施予定であるが、現預金のレベルに比べて自社株買いの規模が小さく感じる。中期経営計画書によると事業戦略としてはM&A含む新規事業の育成・事業領域の拡大とあり、海外事業で販売拠点の展開とサプライチェーンの構築、専用商品の開発、マンションなどの大型物件への取り組み強化とある。東アジアでの新規事業展開の発表があると豊富なキャッシュの有効活用となり割安なバリュエーションの水準訂正になるかもしれないと考えている。

4)積水樹脂(4212)

企業概要:積水化学の持分法適用会社(議決権所有割合20.8%)の化学企業。道路資材の防音壁で国内トップクラスのシェアを誇る他、生活用品、人工芝など幅広い製品を提供している。公共分野では交通環境、景観、スポーツ関連事業を手掛け、民間分野では住建材、総合物流、アグリ関連事業を手掛けている。

業績推移:業績は安定している。公共分野、民間分野のセグメント利益比率はほぼ半々である。売上高は過去4年間650億円前後で推移している。2023年3月期は売上高は前期比フラットであったが、原材料価格とエネルギー価格の高騰で減益となった。配当に関しては14期連続増配している。

中期経営計画によると2024年3月期の最終年度の連結売上高目標が720億円、連結営業利益目標が115億円(営業利益率16%)、ROE7.5%を目標としている。営業利益率16%に関しては2021年3月期、2022年3月期に営業利益率16.5%を既に達成しており前期のような原材料価格の高騰、エネルギー価格の高騰等がなければ達成可能であると思われる。

バランスシートは現預金、投資有価証券を多く保有している。2023年3月期時点で、現預金449億円、有価証券7億円、投資有価証券164億円、長期性預金255億円と計875億円と積水樹脂の時価総額821億円(スクリーニング時点)よりも多く保有しており、負債は短期借入金が9億円のみであり、現預金が新たな利益を生むものに活用されていない状況である。

キャッシュリッチであるので毎年のように自社株買いを行っている。直近では4月終わりに上限22億円の自社株買いを行うと発表した。しかし、現預金(長期性預金を含む)704億円に対して自社株買いの規模が小さ過ぎる印象がある。また自己資本比率が78.9%もあり、ROEが2023年3月期時点で6.1%と8%の目標水準に達していない。資本効率を上げる為に本業とのシナジーがある事業の買収等をするのも一つの手段であるだろう。