前回全固体電池についてトヨタを中心に書いたのが2023年6月末だったが、このところ自動車メーカー各社の全固体電池の開発状況のリリースを多く見かける。2020年代後半の量産化に向けて生産技術の実証等を加速している。このレポートでは最新の各社の全固体電池の開発状況についてアップデートする。

目次

  1. ホンダは2025年1月より実証生産開始
  2. クォンタムスケープは2025年半ばに商用化開始
  3. 日産もリストラ計画が全固体電池に影響か
  4. 本命のトヨタ、出光興産の全固体電池
  5. 中国CATL、BYDの全固体電池開発状況
  6. ホンダのポテンシャルの大きさ
  7. 関税によるトヨタ、ホンダへの影響

ホンダは2025年1月より実証生産開始

ホンダ(7267)は2025年1月から全固体電池の実証生産の開始を前に2024年11月21日に報道陣に栃木県さくら市のパイロットラインを公開した。このパイロットラインは、量産で必要な一連の生産工程を再現した。延床面積は約2万7400平方メートルの広大なもので、投資額は約430億円。電極材の秤量・混練から、塗工、ロールプレス、セルの組み立て、化成、モジュールの組み立てまでの各工程の検証が可能な設備を備えている。量産化に向けた技術検証を行うとともにバッテリーセルの基本仕様を決定し、2020年代後半に投入するBEVへの搭載を目指している。ホンダの開発する全固体電池は現行EVの二倍、電池コストは25%減としている。(出所:EV TIMES 2024/11/25

ホンダの現行のBEVである「ホンダ e」(日本及び欧州)の航続距離は約283km(WLTC基準)である。ホンダは2026年から新たなグローバルBEVシリーズ「Honda 0(ゼロ)シリーズ」を投入予定である。       
このシリーズでは、最小限のバッテリー容量で約482km(300マイル)以上の航続距離を目指している。また、急速充電では10~15分で15%から80%まで充電可能とすることを計画している。仮にホンダの全固体電池の航続距離が「Honda 0 シリーズ」の航続距離の二倍としたら964kmである。

ホンダの場合は全固体電池を四輪車に用いるだけでなく、二輪車や小型航空機、マリンエンジンなど自社が手がけるさまざまなモビリティに適用を広げることで、そのスケールメリットを生かしたさらなるコストの低減が期待できる。

クォンタムスケープは2025年半ばに商用化開始

スタンフォード大学発の固体電池開発のスタートアップ企業のクォンタムスケープ(NYSE上場:QS)は全固体電池のサンプルを完成車メーカーに向けて出荷し始めたと2024年11月20日に発表した。現時点で一番進んでいるのはクォンタムスケープだと言えるだろう。2025年半ばに商用化を開始するとの事である。

クォンタムスケープの固体電池はセラミックベースの固体電解質を使用し、リチウムメタルアノードを使用している。リチウムメタルアノードは従来のアノード材よりエネルギー密度が高い。エネルギー密度が400~500 Wh/kgに達するとされており、従来のリチウムイオン電池(200~300 Wh/kg)を大幅に上回る。これにより、EVの航続距離が約50~80%向上すると予想されている。また、高速充電が可能であり、15分以内で80%の充電が可能であるとされている。また電池寿命が長く、温度耐性が高く、発火リスクは低く、従来のアノード材を利用しない事により製造コストも低下するとの事である。

クォンタムスケープはドイツのフォルクスワーゲンと2012年より提携関係にあり、フォルクスワーゲンは3億ドル以上出資の筆頭出資者であり、フォルクスワーゲンのバッテリー関連会社のパワーコーはクォンタムスケープの全固体電池の実証実験を行ってきた。パワーコーによる試験では、2024年1月時点でクアンタムスケープの全固体電池は1,000回の充電サイクル後も95%以上のキャパシティーを保持した。1回の充電で500~600キロメートルの走行が可能で、計50万キロメートル以上走行できるバッテリー寿命との事である。クォンタムスケープは2024年7月にパワーコーはクォンタムスケープの全固体電池のライセンス契約を取得し、パワーコーが量産する事になっている。

クォンタムスケープは他社に先駆けて2025年半ばより全固体電池の量産が可能になったが、筆頭出資者のフォルクスワーゲンが大規模なリストラ計画を発表しており、フォルクスワーゲンの戦略により全固体電池導入が影響される可能性がある。

日産もリストラ計画が全固体電池に影響か

日産自動車(7201)は2018年から全固体電池の研究を開始し、2021年に発表した長期経営計画で2028年度に全固体電池搭載のBEVを投入する目標を掲げていた。2022年には神奈川県横須賀市の研究所内で全固体電池を試作生産する設備を設置し、生産プロセスや電池の構造設計などの進捗状況も発表した。2024年度内にパイロット生産ラインを設置し、2024年度~2025年度は品質を検証するステージ、2026~2027年度は生産能力や生産性の向上に注力するとの事である。

日産自動車が全固体電池の開発目標に掲げるのは、体積エネルギー密度1000Wh/l(リットル)。硫化物固体電解質とリチウム金属負極を採用し、性能達成に向けた開発を進めている。正極は三元系を使う予定だが、全固体電池は安定度が高いので、今後より廉価で活性度の高い正極材に変更する可能性もあるとしている。

2022年に全固体電池の開発の進捗を発表した時点では全固体電池の歩留まりに課題があると言及していたが、2023年度にラボレベルでは良品率100%を達成。今後は、量産と同等のパイロット生産ラインで実践的な生産スピードに挑む。(出所:MONOist 2024/4/19

日産に関しても11月上旬の2025年3月期中間決算発表時に大規模なリストラを発表しており全固体電池の開発プランに影響がある可能性がある。

本命のトヨタ、出光興産の全固体電池

トヨタ自動車(7203)は出光興産(5019)と2013年以来共同で全固体電池の研究開発をおこなっている。全固体電池の要素技術研究・開発については出光は2001年から、トヨタは2006年から行ってきた。トヨタにとっては全固体電池は充放電を繰り返すと正極負極と固体電解質の間に亀裂が発生し、電池性能が劣化してしまうのが長年の技術課題となっていた為に全固体電池の要素技術をいち早く開発していた出光興産との共同研究を開始した。出光興産が持つ柔軟性と密着性が高く、割れにくい固体電解質の技術を生かし、トライ&エラーを繰り返しながら両者の材料技術を融合させることで、割れにくく高い性能を発揮する材料開発に成功したとの事。さらに、この新しい固体電解質とトヨタグループの正極・負極材、電子化技術を組み合わせることで、全固体電池の性能と耐久性を両立できるめどがつきトヨタ、出光興産が取り組んでいるのは硫化物系の固体電解質である。硫化物固体電解質は、柔らかく他の材料と密着しやすいため、電池の量産がしやすいという特徴がある。

2024年10月末に出光興産は全固体電池の主要材料製造装置の基本設計を始めたと発表した。製油所の不純物として取れる硫黄成分を使って「固体電解質」という材料を年間数百トン製造し、トヨタ自動車の新型車向けに販売する。2027〜28年の実用化を目指す。

量産設備は出光の千葉事業所(千葉県市原市)に建てる計画で、このほど装置の配置・設計に着手した。事業費は330億円で、うち210億円について政府のグリーンイノベーション基金による補助を受けられる見込みである。出光が手がける固体電解質は全固体電池の正極と負極の間にある粉末で、電池が充放電するのに欠かせない。原油から石油製品をつくる際に発生する硫黄成分を加工し、リチウムを加えることで完成する。

出光によると、固体電解質に適する素材は硫黄成分、酸化物、ポリマーなど。硫黄成分は充電速度や電池の耐久性を高められる特長があるという。出光は21年以降、千葉県内で固体電解質を年間数十トン実証的に生産してきた。

出光興産は自社が開発した硫化物系固体電解質をトヨタに独占的に販売するだけでなく他の自動車メーカーや電池メーカーにも供給することで、全固体電池市場全体の成長を目指している。出光興産の量産技術は、品質の安定性や低コスト化に優れており、業界内で競争力のある製品と評価されている。(出所:Car Watch 2023/10/12、日経新聞電子版 2024/10/28)

中国CATL、BYDの全固体電池開発状況

車載電池世界最大手の中国のCATLであるが、現行のリチウムイオン電池を大きく上回る500Wh/kgのエネルギー密度を実現し、2027年の実用化に向けて1,000人規模の専門チームによる開発を加速していると2024年11月上旬に明らかになった。CATLが採用する硫化物方式の全固体電池は、現行の液体リチウムイオン電池と比較して40%以上高いエネルギー密度を達成している。同社のWu Kai最高科学責任者によると、現在の液体リチウムイオン電池では350Wh/kgが限界とされる中、全固体電池では500Wh/kgという画期的な数値を実現。この性能向上は、電気自動車の航続距離を大幅に延長する可能性を秘めている。

CATLは2016年から全固体電池の研究を開始し、2022年末から投資を大幅に拡大。現在では1,000人を超える専門家チームを組織し、年間約10億元(約214億円)の人件費を投じている。この規模は、他の全固体電池開発企業の研究予算が数億元規模にとどまる中で際立っている。

同社会長のRobin Zeng氏は、CATLの全固体電池研究が「他社の追随を許さない」レベルにあると自信を示す。実際、現在の技術成熟度は9段階評価で4に位置し、2027年までに7-8レベルへの到達を目指している。この目標が達成されれば、プレミアムEV向けの小規模生産が現実のものとなる。CATLの全固体電池開発は現行のリチウムイオン電池で36.7%という圧倒的な世界シェアを持つCATLが次世代技術でも主導権を取ろうと動きを加速している。(出所:Xeno Spectrum 2024/11/7)

BYDに関しては2024年6月初めに全固体電池の開発状況を明らかにした。BYD傘下の弗迪電池(FinDreams Battery)は6年間の開発期間を経て実現した。技術パラダイムとしては、高ニッケル三元(単結晶)+シリコンベース負極(低膨張)+硫化物電解質(複合ハロゲン化物)を採用しており、セル容量は60Ahを超え、質量比エネルギー密度は400Wh/kg、体積比エネルギー密度は800Wh/L、電池パックのエネルギー密度は280Wh/kgを超えるなど、優れた安全性と高いエネルギー密度を備えている。

固体電池技術はエネルギー密度が高く、充電時間が短く、安全性も高いが、そのコストの高さが商業化の大きな障害となっている。現在、固体電池の1キロワット時当たりのコストは約150ドルで、従来の三元リチウム電池のほぼ2倍である。この問題を解決するため、弗迪電池は硫化物固体電解質のコスト削減、合成プロセスの最適化、製品歩留まりの向上と大規模生産によって、2027年に材料コストを20~30倍削減し、2030年までにさらに30~50%削減する計画である。

ホンダのポテンシャルの大きさ

ここまで各社の全固体電池の開発状況について述べてきた。トヨタ、出光興産は勿論大本命であるが、トヨタのみならずホンダのポテンシャルの大きさに注目している。ホンダは世界最大の二輪車メーカーであり、総売上高の約2%を占めるパワープロダクツ事業で汎用エンジン、発電機、耕運機、船舶用エンジン、除雪機等を作っている。ホンダの全固体電池が実用化された場合、その影響力は四輪車市場のみならず二輪車やパワープロダクツ市場でのゲームチェンジャーになる可能性が非常に高いという事で他の自動車メーカーよりもポテンシャルが大きいのではと思っている。

ホンダは二輪車を年間1,000万台以上を生産している。この分野で全固体電池を採用することで、軽量化・高性能化が実現し、航続距離や充電時間の課題が大幅に改善されると予想される。新興国や都市部で電動二輪車の需要が高まっており、ホンダの全固体電池は、これらの市場での競争優位性を高める重要な技術となる。特に、充電インフラが未整備の地域では、全固体電池の高効率性が非常に有利である。

ホンダのパワープロダクツ事業は、発電機、耕運機、ポンプ、除雪機など、多様な機器を取り扱っている。これらに全固体電池を応用することで、燃料に頼らないクリーンエネルギー製品を提供できるようになる可能性が高い。また、発電機やポータブル電源の分野では、全固体電池の長寿命性や高安全性が非常に有効である。従来のリチウムイオンバッテリーでは懸念されていた発火リスクが低くなり、信頼性がさらに向上すると考えられる。

四輪車向けの全固体電池開発で培った技術が、二輪車やパワープロダクツに応用されることで、コスト削減や技術標準化が進む事が期待できる。

関税によるトヨタ、ホンダへの影響

トランプ次期大統領は11月25日に中国からの輸入品に対し10%の追加関税を課し、メキシコとカナダに対しても25%の関税を課すと表明した事を受け自動車メーカーの株価は下落した。トヨタ、ホンダに関してはトヨタは米国で販売される車両の約70%を現地生産しており、ホンダは約65%を現地生産しており影響は限定的であると考えられる。しかし、メキシコやカナダからの部品調達があるため、完全に影響を免れるわけではない。