Googleが2024年12月9日に最新の量子コンピューティング・プロセッサ「Willow」を発表したが、これがきっかけで量子コンピューター関連のアメリカ株が急騰した。しかし、2025年1月8日にエヌビディアのファンCEOが「量子コンピューターの実用化は20年先」とコメントした事により量子コンピューター銘柄は暴落した。短期的な商業化は難しくても量子コンピューターはAIの次の革命として日本株市場でも投資テーマとして注目されている。このレポートでは量子コンピューターの解説と関連銘柄を紹介していく。
量子コンピューターとは
量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して計算を行う次世代のコンピューターである。従来のコンピューター(古典コンピューター)が0と1の2進数で情報を処理するのに対し、量子コンピューターは量子ビット(キュービット)を使う。
量子ビット(キュービット)の特徴について説明をするとキュービットは、0でもあり、1でもある中間の状態を同時にとることができる。この状態を重ね合わせと呼ぶ。この性質により、量子コンピューターは複数の状態を並行して計算することが可能である。2つ以上のキュービットがもつれた状態(量子もつれ)になると、一方のキュービットの状態が変化した場合、もう一方のキュービットの状態も瞬時に変化をする。この現象を利用して効率的な計算を行う。特定の計算結果を強め、不要な結果を打ち消すように状態を調整することで、最適な解を得る確率を高める。
量子コンピューターの利点であるが、膨大なデータを平行処理する能力により超高速な計算が可能である。また、分子シミュレーションや材料開発、創薬など、量子力学に基づいた現象のシミュレーションが可能であり、従来のコンピューターでは困難な問題の解決を可能にする。一方、ノイズとエラーの問題や得意分野に限られる等課題はある。
量子コンピューターは、暗号解読、人工知能、物流、金融、科学研究などの分野で革命をもたらすと期待されている。ただし、技術の成熟にはまだ時間が必要で、現在は「ノイズあり中規模量子( Noisy Intermediate-Scale Quantum)」と呼ばれる段階にある。
日本においては量子コンピューターは国家戦略として重要視され、産官学の連携のもとで研究開発が進められている。
Google「Willow」のブレイクスルー
Googleの最新量子コンピューティング・プロセッサ「Willow」は、量子コンピューターの実用化に向けて以下の重要なブレイクスルーを達成した。
1. 量子エラー訂正の革新
従来、量子コンピューターは外部環境の影響を受けやすく、エラーが発生しやすいという課題があった。「Willow」は、キュービット(量子ビット)の数を増やすことでエラー率を指数関数的に低減させる新技術を実現した。これにより、システム全体の信頼性が飛躍的に向上した。
2. 圧倒的な計算速度
「Willow」は、現在の最速のスーパーコンピューターでも10の25乗年(10,000,000,000,000,000,000,000,000年)かかる計算問題を、わずか5分で解決する能力を持っている。この性能は、従来のコンピューターの限界を大きく超えるものである。
3. 高品質なキュービットの搭載
「Willow」は105個の高品質なキュービットを搭載し、エネルギー保持時間(T1タイム)を約5倍に改善した。これにより、計算精度と持続時間が大幅に向上し、より複雑な量子計算が可能となった。
これらのブレイクスルーにより、「Willow」は量子コンピューターの実用化に向けた重要な一歩を踏み出したと評価されている。今後、この技術は新薬の開発やエネルギー効率の改善、AI研究の加速など、さまざまな分野での応用が期待されている。
量子コンピューターとAIの相互作用
量子コンピューターとAIは、互いに補完し合いながら発展する可能性が高い分野である。それぞれが持つ特性を活かし、以下のような形で相互作用が期待されている。
1. 量子コンピューターがAIを強化
量子コンピューターは、従来のコンピューターでは難しい計算を高速に行えるため、AIの開発や応用を加速する可能性がある。
量子機械学習(Quantum Machine Learning, QML):量子コンピューターを用いたAI技術の進化は、特に機械学習分野で期待されている。
高速トレーニング: 大量のデータを扱うニューラルネットワークのトレーニングが大幅に高速化。
大規模データの処理: 従来のアルゴリズムでは処理が難しい膨大なデータセットを効率的に処理可能。
新しいアルゴリズム: 量子ビット(キュービット)を利用した新しい機械学習アルゴリズムが開発され、従来の技術では到達できなかった洞察が得られる可能性がある。
量子サポートベクターマシン(QSVM): サポートベクターマシン(SVM)の量子版で、大規模データセットを迅速に分類。
量子ボルツマンマシン(QBM): 深層学習モデルに量子力学の特性を取り入れることで、特定の問題のトレーニング効率を向上。
2. AIが量子コンピューターの開発を支援
AIは、量子コンピューターの研究開発や実用化を加速するツールとしても活用されている。
量子エラー補正:量子コンピューターの実現には、量子ビットのエラー(デコヒーレンスなど)を抑えることが重要である。AIは、エラー検出と補正の最適な方法を学習することで、量子計算の精度を向上させることができる。
量子回路の最適化:AIは、複雑な量子回路の設計や最適化を支援できる。AIアルゴリズムを活用して、計算効率を最大化する回路を自動生成。
材料設計とシミュレーション:量子コンピューターの開発に必要な材料科学分野で、AIがシミュレーションを行い、最適な素材やプロセスを特定するのに役立っている。
3. 相乗効果が期待される分野
量子コンピューターとAIの組み合わせは、以下のような分野で特に大きな影響を与えると期待されている。
新薬開発:AIが薬候補の設計とデータ分析を行い、量子コンピューターが分子の相互作用を詳細にシミュレートすることで、より効率的な新薬開発が可能になる。
金融モデリング:AIが市場データを分析してモデルを構築し、量子コンピューターがポートフォリオの最適化やリスク評価をリアルタイムで行う。
物流とサプライチェーンの最適化:AIが需要予測や在庫管理を行い、量子コンピューターが複雑な最適化問題を迅速に解決することで、コスト削減や効率向上を実現。
日本企業が量子コンピューターで果たす役割
日本企業が量子コンピューターで果たす役割はどんな分野であるかであるが、主に以下の分野になる。
1. 量子コンピューターのハードウェア開発:量子力学の原理を応用して計算を行うデバイスを構築するプロセス。従来のコンピューター(ビットを使用)とは異なり、量子コンピューターは量子ビット(キュービット)を用いて情報を処理する。この分野は極めて高度であり、現在も研究開発が進行中である。
- 超伝導キュービット(超伝導回路を利用して、量子状態を形成。高速な操作と高い精度が利点であるが、冷却が必要で、装置が複雑。)
- イオントラップ(電場で捕捉されたイオンをレーザーで制御。長時間にわたり量子状態を維持可能であるが、多くのキュービットを構築が難しい。)
- 光量子コンピューター(光子(フォトン)を量子ビットとして使用。常温で動作可能で、通信への応用が期待。)
- 半導体量子ドット(電子のスピンや電荷をキュービットとして利用。従来の半導体技術との親和性。)
2. 量子通信:量子コンピューターのセキュリティやネットワーク関連技術において、量子鍵配送(QKD)などの量子通信技術が重要である。日本はこの分野でリードする研究機関や企業がある。
3.量子ソフトウェア開発:量子アルゴリズムやソフトウェア開発は、ハードウェアと並んで重要な分野である。以下のような応用が期待されている。
- 最適化問題の解決(物流・金融業界等)
- 新素材開発(製造業・化学メーカー等)
- 金融モデリング(リスク分析やポートフォリオ最適化等)
4. 量子関連の部材・素材の製造:量子コンピューターに不可欠な特殊な素材や部品の供給は、日本の強みが発揮できる分野である。
- 半導体
- 特殊材料
量子コンピューター関連銘柄
ここからは量子コンピューター関連の日本株を取り上げる。なお、量子コンピューターは短期的に商業化されるのは困難であるので、量子コンピューターのみが事業内容であるベンチャー企業への投資はリスクが高いと考えている。量子コンピューターの研究を手掛けているが、他の事業で十分にキャッシュフローを確保できており、妥当な株価バリュエーションの企業に投資するのが現実的であると思われる。なお、ここで紹介する銘柄の株価、バリュエーションは全て2025/1/14時点である。
①富士通(6702)
企業概要:ITサービス国内首位。主な事業はサービス・ソリューション(コンサルティング、SI構築、ソフトウェア、システム運用管理等)、ハードウェア・ソリューション(システムプロダクト、ネットワークプロダクト、ハードウェアサポート、システムサポート等)、ユビキタス・ソリューション(PC、タブレット等)、デバイス・ソリューション(電子部品等)。
量子コンピューター関連の研究開発:富士通は、カナダの量子コンピューターのソフトウェア会社「1QBit」と協業し、デジタルアニーリング技術(デジタルアニーラは従来の計算のシステム堅牢さと、量⼦コンピュータの能⼒のひとつである”アニーリング技術”をデジタル回路で実現するシステムで、全体から複数のアプローチをしていくことで、汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解くコンピューティング技術)の開発を進めている。また、理化学研究所と共同でスーパーコンピューター「富岳」を開発し、量子コンピューターの研究にも積極的に取り組んでいる。
株価 | 時価総額 | 自己資本比率 | ROE | ROIC |
2,665円 | 4.88兆円 | 51.2% | 14.7% | 14.4% |
予想PER | PBR | EV/EBITDA | 配当利回り | PEGレシオ |
21.0倍 | 2.8倍 | 8.9倍 | 1.1% | ▲1.26倍 |
②NEC(6701)
企業概要:通信インフラ国内首位。主な事業内容はITサービス事業(生成AI、生体認証、セキュリティ、クラウド)、SI、ソフトウェア、サポート等)、社会インフラ事業(通信システム、海底ケーブルシステム、航空通信システム、人工衛星等)生体認証技術に強み。NECネッツアイのTOBは2025年1月11日に成立し、NECネッツアイは上場廃止。
量子コンピューター関連の研究開発・事業:NECは、量子ビットの読出し精度向上に成功し、量子コンピューターの基盤技術の開発に注力している。また、文部科学省の量子コンピューター研究プロジェクトにも参加し、技術革新を推進している。
株価 | 時価総額 | 自己資本比率 | ROE | ROIC |
12,800円 | 3.41兆円 | 46.8% | 7.9% | 6.6% |
予想PER | PBR | EV/EBITDA | 配当利回り | PEGレシオ |
22.5倍 | 1.8倍 | 8.4倍 | 1.1% | 1.0倍 |
③NTT(9432)
企業概要:NTTグループ持株会社。主な事業内容は総合ICT事業(携帯電話事業、固定電話事業、光回線、国際通信、システム開発)、地域通信事業、グローバル・ソリューション事業(SI、ネットワークシステム、クラウド、データセンター事業等)、その他事業(不動産、エネルギー等)NTTグループ傘下のNTTリミテッドはデータセンター運営で世界第三位。
量子コンピューター関連の研究開発:NTT本体では世界最大規模の100ビット規模の量子コンピューター実現に向けた新手法を確立等次世代量子通信技術の研究に注力。量子光学を活用した通信技術や、独自の量子暗号通信の開発など、研究レベルのプロジェクトが多い。量子鍵配送(QKD)などのセキュリティ技術に関する研究開発を進め、次世代の安全な通信ネットワークの構築を目指している。独自の量子アニーリング技術などを活用し、将来的な産業応用を視野に入れた技術開発を行っている。
株価 | 時価総額 | 自己資本比率 | ROE | ROIC |
154.2円 | 12.93兆円 | 34.4% | 12.8% | 11.6% |
予想PER | PBR | EV/EBITDA | 配当利回り | PEGレシオ |
11.7倍 | 1.3倍 | 3.7倍 | 3.4% | ▲2.9倍 |
④NTTデータ(9613)
企業概要:NTT傘下のSI(システム・インテグレーション)専業国内最大手。官公庁、医療、金融、通信、電力、製造、物流、サービス等全業種で実績。海外IT企業を多数買収した事、また円安により海外売上比率は2025年3月期中間期時点で65%であった。
量子コンピューター関連の研究開発・事業:ハイブリッドソリューション(古典コンピューターとのハイブリッド計算)に注力。アルゴリズム開発(最適化問題、機械学習の高速化、暗号技術等)ロジスティクス・交通分野の輸送経路の最適化、製造業向け材料開発、医療分野向け新薬開発等のパイロットプロジェクトを実施。NTTデータはIBM Quantum Networkに参加している。事業としては量子コンピューターの応用や実装に関するコンサルティングを提供している。業務プロセスの最適化、高速化と効率化、技術評価、ロードマップ策定、実証実験の支援、金融機関向けにポートフォリオのリスク最小化を目的とした量子コンピューターの応用提案、クレジットリスク評価モデルの構築等。
株価 | 時価総額 | 自己資本比率 | ROE | ROIC |
2,967円 | 4.16兆円 | 24.0% | 7.8% | 4.7% |
予想PER | PBR | EV/EBITDA | 配当利回り | PEGレシオ |
29.5倍 | 2.4倍 | 9.2倍 | 0.8% | ▲6.9倍 |
⑤フィックスターズ(3687)
企業概要:演算高速化ソフト開発専門企業。主な事業内容は高速ソフトウェア開発サービス(マルチコアプロセッサやGPU、FPGAなどの最先端技術を活用し、組込みシステムや画像処理、分散並列システムの高速化を支援)、クラウドサービス(クラウド上でのコンピュータ資源とソフトウェアの提供を行い、量子コンピューティング基盤「Fixstars Amplify」などのサービスを展開)、AI関連のサービス(ハードウェアの最適化、プログラミング支援、GPU利用診断、AI開発・実装・運用支援等)
量子コンピューター関連の研究開発・事業:2017年、フィックスターズはカナダのD-Wave Systems社と協業を開始し、量子アニーリング方式の量子コンピュータの商用利用を推進。2024年11月、理化学研究所や東京大学、NTTと共同で、新方式の量子コンピュータの開発に成功。これは、世界に先駆けた汎用型光量子計算のためのプラットフォームとなり、クラウドシステムを通じて利用可能である。2018年より、フィックスターズはNEDOの「次世代コンピューティング技術の開発/イジングマシン共通ソフトウェア基盤の研究開発」プロジェクトに参画。事業としては量子コンピューティング活用支援サービスを提供している。物流、製造、交通、通信、金融などの分野で、組合せ最適化問題の解決を支援している。
株価 | 時価総額 | 自己資本比率 | ROE | ROIC |
1,752円 | 564億円 | 77.1% | 22.2% | 21.3% |
予想PER | PBR | EV/EBITDA | 配当利回り | PEGレシオ |
29.7倍 | 8.4倍 | 19.0倍 | 1.0% | 2.1倍 |
⑥日本航空電子工業(6807)
企業概要:電子部品メーカー。主な事業内容はコネクター事業(電気や光の信号を接続するコネクタの開発・製造・販売を行っている。これらのコネクタは、情報通信機器や自動車、産業機器、航空宇宙分野など、多岐にわたる用途で使用されている。)、インターフェース・ソリューション事業(人と機器をつなぐ入力デバイス技術を基盤に、車載用タッチパネルや産業機器用操作パネルなどの製品を提供している。ユーザーのニーズや使用環境に合わせた最適なソリューションを開発)、航機事業( 「モーションセンス&コントロール」技術を活かし、航空・宇宙用の電子機器や電子部品を提供している。これらの製品は、海底から宇宙までの過酷な環境下で高精度に作動することが求められている。)
量子コンピューター関連の研究開発・事業:量子コンピューターなどの最先端装置向けに、非磁性対応のSMPM同軸コネクタを試作開発している。このコネクタは、AIや量子暗号化、社会交通インフラの最適なシステム運用、創薬研究などの分野で進行中の量子コンピューター開発に対応するために設計された。非磁性対応SMPM同軸コネクタの主な特徴は非磁性(装置の正常動作を妨げる磁性の影響を受けない設計)、小型化(SMPM規格に準拠し、従来のコネクタよりも小型で高密度な接続が可能)、高周波対応(高周波数帯域での信号伝送に適しており、量子コンピューターの高精度なデータ処理をサポート)、プッシュオンロック方式(嵌合離脱が容易なプッシュオンロック方式を採用し、作業性を向上)この製品は、量子コンピューターのほか、通信機器や医療機器など、高精度・高信頼性が求められる分野での応用が期待されている。
株価 | 時価総額 | 自己資本比率 | ROE | ROIC |
2,815円 | 1,897円 | 58.5% | 9.6% | 5.9% |
予想PER | PBR | EV/EBITDA | 配当利回り | PEGレシオ |
14.8倍 | 1.5倍 | 4.7倍 | 2.1% | 2.0倍 |