外国人投資家の日本株投資の増加により親子上場の解消によりコーポレートガバナンスの強化及び経営効率の改善を図ろうとする上場企業が益々増えると思われる。このレポートではその背景と親子上場解消に乗じる投資手法の紹介をしてみる。
親子上場は日本特有
親子上場というのは日本ではよく見られる事であるが、少数株主の権利が強い欧米では非常に少ない。大株主と少数株主の利益相反、親会社が自社の利益を優先して子会社の株主が不利益を被るリスクがありコーポレートガバナンス上問題がある等の理由で親子上場に関しては外国人投資家等からの批判が多い。改革を進める東証では親子上場に関して具体的な要請やコメント等は出していないが、2023年12月に「少数株主保護及びグループ経営に関する情報開示の充実」及び「支配株主・支配的な株主を有する上場会社において独立社外取締役に期待される役割」に関する取りまとめをして公表している。
大企業は以前より親子上場を解消する動き
近年では子会社の配当利益が親会社以外の株主に流出することでグループとしての収益力の低下となること、グループとして迅速な意思決定ができないこと、子会社の収益力が親会社を上回ることによる資本のねじれによる買収リスクが問題となった事等で、資本関係の解消または完全子会社化による親子上場解消の動きがみられる。
以下に過去に親子上場解消をした主な企業をあげる。
IHI(7013)
石川島建材工業(東証2部、5276)2012年5月16日上場廃止、完全子会社化
IHI運搬機械(東証2部、6321)2012年5月18日上場廃止、完全子会社化
アサヒグループホールディングス(2502)
アサヒ飲料(東証1部、2598)2008年4月22日上場廃止、完全子会社化
味の素(2802)
カルピス(東証1部、2591)2007年9月25日上場廃止、完全子会社化
ANAホールディングス(9202)
全日空ビルディング(大証2部、8855) 2005年9月27日上場廃止、完全子会社化
キリンホールディングス(2503)540
キリンビバレッジ(東証1部、2595)2006年8月11日上場廃止、完全子会社化
メルシャン(東証1部、2536)2010年11月26日上場廃止、完全子会社化
イトーヨーカ堂(東証1部、8264)
セブンイレブン・ジャパン、デニーズジャパンの3社で株式移転方式により、持株会社「セブン&アイ・ホールディングス」を設立。3社は持株会社傘下となり親子上場を解消。
セブン-イレブン・ジャパン(東証1部、8183)2005年8月26日上場廃止
デニーズジャパン(東証1部、8185)2005年8月26日上場廃止
小田急電鉄(9007)
小田急不動産(東証1部、8832) 2007年8月28日上場廃止、完全子会社化
商船三井(9104)
宇徳(東証1部、9358)2022年2月28日上場廃止、完全子会社化
ダイビル(東証スタンダード、8806)2022年4月26日上場廃止、完全子会社化
日本製鉄(5401、旧新日本製鉄)
日鐵物流(東証2部、9178 現日鉄物流)2005年12月20日上場廃止、完全子会社化
日鉄鋼板(東証1部、5454)2004年7月27日上場廃止
日鐵ドラム(東証2部、5908 現日鉄ドラム)2007年7月25日上場廃止、完全子会社化
セガサミーホールディングス(6460)
サミーネットワークス(東証マザーズ、3745)2010年11月完全子会社化
セガトイズ(JASDAQ、7842)2010年11月完全子会社化
トムス・エンタテインメント(名証2部、3585)2010年11月完全子会社化
ソニーグループ(6758)
ソニー・ミュージックエンタテインメント(東証2部、7930)1999年12月28日上場廃止、完全子会社化
ソネットエンタテインメント(東証1部、3789、現ソネット)2012年12月26日上場廃止、完全子会社化
ソニーフィナンシャルホールディングス(東証1部、8729)2020年8月31日上場廃止、完全子会社化
親子上場解消の方法
親子上場解消の方法として主に2通りのやり方がある。
①TOB(株式公開買い付け)を通じた完全子会社化。
②第三者への売却。
③経営陣によるMBO(マネージメント・バイアウト)を通じた非上場化。
親子上場解消の事例を見ると、金融商品取引法で不特定多数から発行株の5%以上の株式を買い付ける場合にTOBが義務付けられているために①のTOBを通じた完全子会社化が多いが、②の第三者への売却でグループから外す場合もあり、また③のようにMBOによる非上場化のケースもある。
TOB銘柄に投資する手法
TOBをしそうな銘柄に投資をし、TOBを親会社がアナウンスする際に市場価格より20%~40%位プレミアムを提示する事はよくあり、TOBに応募する事によりキャピタルゲインを得るという投資手法は実際にTOBが実行されればリスクが低い手法である。その為には親子上場している企業でTOBにより親子上場を解消しそうな企業を知っておく必要がある。 ちなみにWikipediaでもアップデートされているかは確認できないが親子上場している企業の一覧リストがある。
親子上場を解消しそうな企業の条件
親子上場を解消しそうな企業として1)外国人投資家の持ち株比率が高い企業、2)キャッシュを十分に持っている企業を条件として考えている。必ずしも必要条件ではないが3)業績が低迷しており、株価バリュエーションが低い事も入れてみる。
株価バリュエーションが割安であるという事は資本効率が低い証左であるが、親子上場を解消するよう積極的に企業側に要求するのは外国人投資家が多い。親会社は十分なキャッシュを持っていないと子会社株式のTOBを実施できない。キャッシュという形でなくても現金化できる不動産、政策保有の株式等の資産がある場合は資産を現金化してTOBを行うという事も考えられる。
上記の1)、2)、3)を条件として親子上場を解消しそうな企業を選んでみる事にする。
親子上場を解消しそうな企業5選
①キャノン(7751)
上場子会社:キャノン電子(7739)
キャノンは引退した御手洗氏が三度も社長就任し、女性役員の登用が2023年までなかった事、昨年の株主総会では御手洗氏の取締役再任に金融機関の系列運用会社が反対した事等独裁経営色が強く、コーポレートガバナンスが遅れているイメージの企業である。コーポレートガバナンス改善を考えると親子上場解消はポジティブな結果をもたらすと思われる。上場子会社のキャノン電子はキャノンの製造子会社である。株価バリュエーションは予想PERが15.88倍、PBRが0.86倍と割安であり、時価総額は985億円、外国人保有比率は10.5%である。親会社のキャノンの外国人保有比率は18.3%である。キャノンはもう一社キャノンマーケティングジャパン(8060)が上場子会社であるが、こちらは時価総額が5,886億円と大きく、まずTOBされるとしたらキャノン電子が先ではないかと考えている。
②神戸製鋼(5406)
上場子会社:日本高周波鋼業(5476)
上場子会社の日本高周波鋼業は赤字続きであり、今期は土地売却益101億円計上により当期純損益は黒字の予定であるが、株価バリュエーションは2024年3月25日時点で予想PERは1.28倍、PBRは0.38倍と極端に低く、時価総額は85億円である。親会社の神戸製鋼は外国人保有比率が18.6%と高い。今期の業績は鉄鋼事業のメタルスプレッドの改善、電力での売電価格に関する一過性の増益影響、固定費を中心としたコスト低減により大幅増益であり、二度上方修正をしている。日本高周波鋼業が単体として業績回復するのは難しそうであり、時価総額が85億円と小さい事もありTOBする確率は高いと考えている。
③住友電工(5802)
上場子会社:住友理工(5191)
親会社の住友電工は2023年に上場子会社だった日新電機とテクノアソシエをTOBし、上場廃止した実績がある。住友電工の外国人保有比率は34.2%とと非常に高い。上場子会社の住友理工は自動車部品でトヨタ向け売上など好調で2023年の売上高は5,410億円、今期も増収増益予想であるが株価バリュエーションは予想PER10.11倍、PBR0.76倍と低い。また、住友理工の流通株式比率は21.9%と低く東証プライムの基準の35%以上に未達である。2022年の東証再編の際にプライム市場を選択したが、経過措置の対象となった。なお、経過措置適用は2025年2月28日までである。住友理工は業績も良く、親会社の住友電工にとっては統合する事にメリットがあるのでTOBをする可能性は高いと考えている。
④東北電力(9506)
上場子会社:ユアテック(1934)
上場子会社のユアテックは総合電機工事会社で東北電力の売上は4割超である。親会社の東北電力の株価バリュエーションは予想PERは3.02倍、PBRは0.81倍、子会社のユアテックの株価バリュエーションは予想PERが15.14倍、PBRが0.77倍とPBRベースでは両社とも割安である。外国人保有比率は東北電力が18.3%、ユアテックが10.2%である。ユアテックの流通株式比率は34.3%と東証プライムの維持基準の35%以上に未達であり、子会社単独で高成長が期待される業務内容でもなく、親会社の東北電力にTOBされる可能性があると見ている。
⑤NEC(6701)
上場子会社:NECネッツエスアイ(1973)、日本航空電子工業(6807)
上場子会社のNECネッツエスアイはNECの工事部門が独立しキャリア向け工事やDXコンサルティングを手掛けており時価総額は4,028億円である。日本航空電子工業はコネクターの大手企業でインターフェイス・ソリューション機器、航空・宇宙用の電子機器及び電子部品の製造販売を手掛けており時価総額は2,353億円である。外国人保有比率はNECが42.4%、NECネッツエスアイが23.5%、日本航空電子工業が26.9%である。また、上場子会社のNECネッツエスアイと日本航空電子工業の流通株式比率はそれぞれ25.5%、24.8%と東証プライムの上場維持基準の35%以上に未達である。外国人保有比率の高さもあり、二社同時かバラバラかは分からないがNECにTOBされる可能性はあると考えている。