前回は、リートの投資口価格の変動要因である「金利上昇」について解説しました。

 

今回は、「公募増資」について解説します。専門用語が多く、分かりづらいと思われるので、数回に分けてていねいな解説を心掛けます。

 

「増資」とは、投資口の追加発行による資金調達手段であり、Jリートでは外部成長戦略である物件の取得時によく使われます

 

新規物件の取得によるポートフォリオの拡大は、既存物件の賃料収入の増加を動力源とする内部成長戦略と合わせ、リートの成長の両輪です。

 

「公募増資」は、リート特有のものではなく、一般事業法人においても行われます。

 

一般事業法人の「公募増資」では、発行済株式の増加による株式価値の希薄化(以下「ダイリューション」といいます)懸念から、短期的には株価が下落するケースが多い印象です。

 

一方、Jリートの増資では、基本的に稼働中の不動産を取得するため、物件の取得直後から賃料収入が発生し、リートの利益を押し上げます。そのため、増資=ダイリューションの図式は必ずしも当てはまりません

 

また、Jリートの運用会社は、通常「ダイリューション」を避けた物件取得を計画することから、「公募増資」が必ず投資口の下落をもたらすわけでもありません。

 

そんな「公募増資」は、個人投資家にとって、2つの投資機会を提供してくれます。

 

1つは「公募増資」に参加して、投資口を取得する方法(プライマリー市場への参加)。もう1つは、増資の公表後に当該リートの投資口を市場で買う(セカンダリー市場への参加)方法です。

 

Jリート各社は事業法人に比べ、頻繁に「公募増資」を行います

皆さまが関心をお持ちのリートが、公募増資を行い、魅力的な投資機会を提供してくれるケースも予想されるので、知識を付けて、今後の投資戦略に活かしましょう。

 

1. そもそも「公募増資」とは?

 

IPO」という用語をご存じの方もいらっしゃるでしょう。

IPOInitial Public Offeringの略で、企業の「新規上場」を意味します。

 

一定の成長を遂げた企業が、株式を株式市場に上場することを指し、上場後は株式市場で、誰でも自由にその企業の株式を売買できるようになります。

 

これに対して、既に上場している企業が株式を追加発行し、広く出資を募ることを「公募増資」、又はPublic Offeringの略であるPOと呼びます(以下「PO」といいます)。もっとも、海外ではPOではなく、Follow-on Offering と呼ぶケースが多いようです。

 

POを行う上場企業(以下「発行体」といいます。)は、引受証券会社を通じて、内外の機関投資家や、国内の個人投資家に広く新株を販売し、代わり金を受け取ることで資金を調達します。

 

特定の先に新株を引き受けてもらう「第三者割当増資」という手法もありますが、Jリートに投資する個人投資家にとって、より関係が深いのは「公募増資」です。

 

2. JリートにおけるPO

 

JリートがPOを行う目的の多くは、物件取得のための資金調達です。

 

リートは外部成長戦略として、新規物件の取得に努めます。魅力的な物件の取得を通じたポートフォリオの収益性の向上や、分散効果による安定性の向上につながるからです。

 

増資に合わせて、保有物件の一部を売却し、新規物件を取得する、いわゆるポートフォリオの入れ替えを行うケースもあります。

 

Jリートでは、一定以上の規模の物件を取得する場合、銀行借入等の負債(デット)PO(エクイティ)を組み合わせて資金を調達するのが一般的です。

 

通常、POの実施には借入金による資金調達以上の時間とコストを要するため、小型物件の取得の場合、借入金のみで対応する方が合理的と考えられます。

 

一方、大型の資金調達を借入等の負債のみで賄った場合、前回説明した不動産ポートフォリオに対する負債の割合であるローン・トゥ・バリュー(LTV)が大きく上昇し、リートの安定性に悪影響を及ぼす懸念があるため、増資を組み合わせることで、LTVの上昇を抑制する訳です。

 

ちなみにPOだけで物件取得に係る資金を賄ったというケースを、私は見たことがありません。それはPOにおいて発行体が決定できるのは、あくまで追加発行する投資口の口数であり、調達金額は投資口価格次第で上下するからだと考えます。

 

仮にPOの公表以降、投資口価格が下がった場合、発行体の資金調達金額は、想定を下回ることになります。これを避けるため、必要以上に多くの投資口数を発行すれば、1口当たり利益(EPU: Earning per Unit)1口当たり分配金(DPU: Dividend per Unit)を引き下げてしまうため、投資口価格の下落を招きかねません

 

したがって、Jリートの運用会社は、投資家に対して合理的に説明できる範囲内で物件取得計画を立てることになります。

 

PO公表以降の投資口価格の動きは、リートの物件取得戦略に対する投資家の評価を示すとも言え、運用会社の無謀な物件取得の抑止力として働くと考えられます。

 

3. JリートのPOの特徴

 

公募増資は、リート特有のものではありませんが、JリートのPOには、一般事業法人のそれとは違った特徴が見られます。

 

①実行頻度の高さ:

まずは、一般事業法人と比べ、POを行う頻度が高いという事です。一般事業法人では、10年に一度というような頻度であるのに対し、JリートのPO実施頻度ははるかに高く、外部成長に積極的なリートでは、1年間に2POを実行するケースもありました。

 

実行頻度の高さは、個人投資家に対し、より多くのプライマリー市場への参加機会を与えてくれます

 

業界団体であるARESのデータによれば、2017年~2021年のJリートの公募増資件数(IPOを除く)は、コロナ前で25(2017)32(2018)30(2019)、コロナ禍では24(2020)29(2021)でした。

 

2022年については、足もとまでの状況を見る限り、実施件数が昨年を下回りそうです。

 

新規上場によりリートの法人数が増加した中でのPO実施件数の減少は、コロナ禍がJリートのPOにマイナスの影響を与えたと判断できるでしょう。POの成否は投資口価格に左右されるため、コロナ禍での投資口価格の下落が、リートがPOを判断するハードルを上げたと考えられます。

 

②PO実施タイミングの集中:

また、PO実施のタイミングが、期初に集中するのもリートのPOの特徴です。

 

実施タイミングを予想しやすいことや、POが集中した場合、投資口価格が大きく調整しやすいことなど、投資戦略を考える重要な材料になります。

 

多くのリートでは配当性向が100%のため、分配の原資となる内部留保を貯めづらいことに加え、内部留保の分配にも制限があるため、時期集中しやすいと考えられます。

 

第5回で説明した通り、株式では期中の保有期間に関係なく、期末時点の株主名簿記載の全株主に対し、同額の配当が支払われます

 

リートが期中にPOを使って新規物件の取得を行う場合、期初から物件取得までの期間、収入は増加していないにも関わらず、追加発行した投資口に対しても、既存投資口と同様の分配を行う必要があります。

 

取得物件の期中における保有期間が長いほど、分配金の捻出が楽になるため、発行体に対し、期初の物件取得へのインセンティブを与えます。

 

例えば、単純な例で、期初の発行済投資口数100,0000口のリートが、1口当たり500円の分配を行う場合、必要な配当可能利益は50百万円です。

              100,0000x 500円 = 50,000,000

 

もし、期初から3ヶ月後に物件取得のため、追加で10,000口の新株(希薄化率10%)を発行した場合、期末時点の発行済投資口数は10%増えた110,000口になります。

500円の配当を維持するには、10%増の55百万円の配当可能利益が必要です。

    110,000口 x 500円 = 55,000,000

 

つまり、追加発行する10,000口に対して500円の分配を行うためには、5,000,000円の追加配当可能利益が必要で、これを新規物件からの利益で賄う必要があるという事です。

 

また、500円の分配金を600円に増やしたいなら、元々の100,000口にも100円の追加分配が必要なため、16,000,000円の追加利益を新規物件から得る必要があり、ハードルが上がります。

 

新規取得物件からより多くの賃料収入を得るには、期中の所有期間が長いほど都合がいいため、できるだけ期初近くでの物件取得に努めるわけです。

 

その結果、JリートのPOは決算期の期初に集中しがちになります。

 

 

③POが株価に与える影響が小さい傾向

 

JリートのPOでは、投資口価格が大きく下げるケースは少なく、一般事業法人に比べ、保有するリートのPOに慌てる必要性は小さそうです。

ただし、この点は、データ検証できていないため、あくまで執筆者の個人的な感想です。

 

一般事業法人がPOにより資金調達を行う場合、その資金が利益の増加に直結しない使途に充当されることも多く、ダイリューション懸念から株価が大きな下落を招くことがあります。

 

例えば、コロナ禍でJALANAの空運2社は大型POを行い、それぞれ1,800億円、3,000億円という巨額の資金を調達しました。JALPOにおける最大の資金使途は、既存債務の弁済であり、ANAのケースでも1,000億円を既存債務の弁済に充当予定としていました。

 

この場合、借入金の支払利息が減少することで利益が増加する効果はあるものの、発行済株式数の希薄化(株式数の増加割合である希薄化率は、2社共に20%)の影響が上回るため、1株当たり純利益(EPS)を押し下げる結果となりました。

 

株式の価値とは、将来も含めた1株当たり純利益の合計額の現在価値なので、予想利益の増加が見通せない中で発行済み株式数が増加すると、EPSが低下し、株価下落につながります。

 

これをダイリューションと呼び、株価の下落を招きます。例えば、JALのケースでは増資公表の翌日、わずか1営業日で株価の下落幅は10%を超えました。

 

これに対し、Jリートでは物件取得のためにPOを行うケースが多く、取得直後から賃料が発生するため、ダイリューションは起こりづらいと言えます。

 

ただし、リートにおいても時に上がりすぎたLTVを下げるため、債務の弁済を目的とした増資を行うケースがあります。こうした増資は、レバレッジ(負債)を下げるための増資という意味で、「レバ下げ増資」と呼ばれ、投資口数の増加により一口当たり分配金(DPU)が下がるため、一般にマーケットの受けはよくありません。

 

物件の取得に際して、Jリートの運用会社は、DPU1口当たりの時価ベース純資産価値(NAV: Net Asset Value)を上昇させるような取得計画を設計します。言い換えれば、アクリーティブなPOを目指します。

 

そうした努力はするものの、公募増資の公表後、投資口価格が下がるケースが多いのも事実です。

 

4. 直近のPOの結果検証

 

本年8月以降に行われたPO後の投資口価格の動きを、実際のデータを使って検証してみましょう。

 

POに際しての投資口価格を比較する際、代表的なものはPO公表日(以下「ローンチ日」といいます)の終値と翌営業日の比較、②ローンチ日と価格決定日(以下「プライシング」といいます)の比較です。

 

増資を決議することをローンチといいます。ローンチの公表は、一般に株式市場が閉まってから行われるため、公表直前の市場価格であるローンチ日の終値は、PO評価の出発点となります。

 

ローンチ日にはディールの概要や目的などを記載した「目論見書(もくろみしょ)」が参加を検討する投資家に配られると共に、取得物件の概要や資金調達の方法、さらに収益予想の変化等を説明する一連のプレスリリースが行われます。

 

投資家はこれらの資料に目を通した上で、翌営業日に市場で取引を行うため、ローンチ日の終値と翌営業日の投資口価格の差である①は、POに対する市場参加者の第1印象を示していると言えるかもしれません。下のテーブルの黄色ハイライト箇所です。

 

ちなみに8月以降のPOでは、ローンチ翌営業日の終値は、すべて前営業日の終値に比べ下落しました。

もっとも下げ幅が大きかったのは、三菱地所物流リートの6.4%で、それを含む直近4件のPOでは、いずれも4%を超える下落を示しました。8月、9月に比べ、下落率が大きくなっていることから、PO件数増加による荷もたれ感が大きかった可能性があります。

留意すべきは、投資口価格の変動を見る際、当該リートの投資口価格の変化率のみを見るのではなく、リート指数の動きとの相対的な変動率を見る必要があることです。

 

8月以降のすべてのPO案件で、個別リートの①の値下がり率は、リート指数を上回っているので、足もとのJリート市場では、POは投資口価格のマイナス要因と捉えられていると見てよさそうです。

 

10月のPOに見られるように、POが連続、特に同じアセットタイプに投資するリートのPOが連続した場合、案件の内容にかかわらず、投資口価格が下がるケースも見受けられます。例えば、物流系の場合、2/8月を決算期とするリートが4つ、その前月にも2つのリートが決算を迎えるため、重複が発生しやすく注意が必要です。

 

②はローンチ日の価格とプライシング日の終値の比較です。テーブルの緑色ハイライト箇所ご参照。

POのプライシングは、プライシング日の終値を基準として行われます。この価格差は「ローンチ to プライシング」と呼ばれ、POを評価する重要指標の1です。

 

8月以降POを実施したリートのLtoPを見ると、POを実施したすべてのリートで、投資口価格がローンチ時点より下落しました。

 

下落率は△2%台半ば~△7.5%で、最も下落率が大きかったのは、スターツプロシード投資法人(8979)で、東証リート指数の下落率を考慮しても最大の下落率を記録しました。

 

ローンチ翌営業日の終値からプライシングを見ても、値を下げたリートが大半だったことも特徴的でした。

投資口価格が持ち直す方向に動いたのは、三菱地所物流リート(3481)とケネディクス商業リート(3453)2リートだけでした。

 

ここで投資口の変動率を紹介している理由は、ローンチ以降の投資口価格の変動は、POに対する評価材料になると考えるからです。

 

Jリートが実施する物件取得計画が、リートにとってどれだけポジティブであるかを判断するには知識と経験が必要で、それらはすぐに身に付けられるものではありません。

 

しかし、投資口価格の変動を判断材料とするなら、評価は非常に簡単です。実際、POローンチ後の投資口価格の変動率は示唆に富む情報であり、個人投資家がプライマリー市場への参加、セカンダリー市場での売買を検討する上で、重要な判断材料になります。

グレーでハイライトしたダイワハウス投資法人は、POのローンチ、プライシングまで完了した後、払込を前に公募増資を中止しました。

取得予定物件のテナントが民事再生法を申請したことに伴う措置ですが、POの中止はJリートの歴史の中でもわずか数例のレアケースです。

5. 投資口価格の変動によるPOの評価

 

発行体はPOの公表後、主な機関投資家に対して増資の概要を直接説明する機会を持ちます。この説明会をロードショーと呼び、機関投資家はロードショーでの発行体の説明を受けて、POへの参加を検討します。

 

発行体の話を聞いた機関投資家はPOに参加したい場合、ブックビルディングと呼ばれる需要申告期間に希望する投資口数を引受証券会社に対して申告します。但し、実際に何口の引受ができるかは、全体の需要によります。

 

追加発行される投資口を引き受けたいという投資家の需要が強ければ、需給倍率がタイトになるため、機関投資家はプライマリー市場では引き受けたいだけの投資口を引き受けられない可能性がでてきます。

 

この場合、その投資家は希望通りの投資口を入手したければ、セカンダリー市場である株式市場で投資口を購入することになります。こうした動きをする投資家が多ければ、市場での投資口価格には上昇圧力がかかります。

 

逆にPOに対する評価が低い場合、機関投資家はPOに参加しないという事もあります。こうしたケースでは、近い将来投資口価格が下落する可能性が高いため、投資家はセカンダリー市場で保有する投資口の一部を売却することがあり、投資口価格には下落圧力が加わります。

 

個人投資家もこうした事情を知っておくと、POへの参加やPOを受けての投資口の売買の参考とすることができます。

 

6. まとめ

 

Jリートにおける公募増資は、物件の取得のための資金調達に利用されるケースが多い。

 

リートの増資では、ダイリューションを伴わないケースも多く、個人投資家にとって魅力的な投資機会となるケースもある。

 

PO公表を受けて個人投資家が取れる投資戦略は、プライマリー市場であるPOへの参加、及びセカンダリー市場である株式市場での投資口の売買である。

 

POの良し悪しの評価には一定の知識と経験を要するが、POのローンチ以降の投資口価格の変動を投資判断に活かすこともできる。

 

次回は個人投資家の皆様がPOに参加する際に役に立つ事項を紹介しようと思います。

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執筆

J-REITウォッチャー

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リート資産運用会社で10年超の勤務経験を有する業界通。 
自身も知見を活かしてリート投資家として活動中。

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