2023年末の12月21日にトヨタ自動車の子会社であるダイハツ工業が国の認証取得の為の側面衝突試験で不正が発覚し、不正は計174件にわたり、ダイハツは国内外のすべての車種の出荷を停止することを決定した。翌21日に親会社トヨタの株価は前日終値比5.6%下落した。
以降ダイハツの親会社トヨタの株価は上昇基調であるが、為替レートが今年は円高に向かうとの見方が主流であり、為替差益の減少見通しから株価は予想PER10倍台にとどまっている。
このレポートでは直近のトヨタ自動車及び自動車市場に関連する情報のアップデートをすると共にトヨタの企業価値がどの位が適正であるかについて考えてみる事にする。
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ダイハツの出荷停止による損失の試算
年末の不正発覚を受けてダイハツは全車種の出荷停止を発表したが、これがトヨタの業績へどの位の影響を与えるかについて推測してみる。1月16日に国交省はダイハツ・グランマックスの「型式指定」を取り消す方針を固めたと発表した。「型式指定」は自動車の大量生産に必要な認可証のようなもので、取り消されると生産、出荷ができなくなる。
まず、トヨタはダイハツの株式を51.2%保有している。ダイハツはトヨタの子会社になったと同時に株式上場を廃止した。未上場企業でも官報で決算公告を行っているが、ダイハツの2023年3月期の決算内容は売上高1兆4,930億円(前期比12.5%増)、営業利益380億円(同▲24%)、経常利益700億円(同▲10%)、当期純利益770億円(同▲2.5%)であった。ダイハツの2023年3月期の当期純利益770億円のうち51.2%の394億円は親会社トヨタに帰属する利益であった。トヨタの2023年3月期の当期純利益は2兆4,513億円であったが、このうちダイハツの利益への貢献割合は1.6%であった。
トヨタがダイハツの不正発覚及び出荷停止の発表をした翌日に株価が5.6%下落した時に失われた時価総額であるが、2023年12月20日の終値である2,644円 ×(発行済株式数16,314,987,460ー自己株式数2,801,135,115)x5.6%=約2兆円であった。急落した際に失われたトヨタの時価総額は2023年3月期の当期純利益の81.6%であり、明らかに下げ過ぎであった。
それでは今期(2024年3月期)のトヨタの業績に及ぼすダイハツの出荷停止はどの位になるかを試算してみる。今回の不正発覚後の出荷停止の期間はどの位になるか不明であるが、一部報道によると長期化するともある。仮に半年間の出荷停止とする。全国軽自動車協会連合会の統計によると、2023年度上半期(4~9月)のダイハツの世界販売台数は前年同期比1.7%増の35万8,283台であった。2023年12月の四週目半ばから出荷停止とし、2024年6月一杯まで出荷停止と仮定する。つまり約半年強の売上が機会損失になると考える。ざっくり計算し、2023年3月期の当期利益770億円の50%の385億円が出荷停止による機会損失になると仮定する。その他に不正及び出荷停止に伴う特別損失も発生すると考えている。2016年に三菱自動車(7211)が燃費データ不正問題が発覚した時には191億円を燃費試験関連損失として計上した。今回のダイハツの不正に関する特別損失は約200億円計上すると仮定する。大雑把な計算では385億円プラス200億円=585億円がダイハツの出荷停止による損失になると試算した。
ダイハツの出荷停止による損失585億円が親会社のトヨタの利益にどの位の影響を与えるかについてであるが、トヨタは中間決算時点での通期の業績計画を上方修正した。通期の販売台数は前回公表時据え置きの960万台で為替レートを従前の通期平均1USD=125 円、1ユーロ=135 円から1USD=141 円、1ユーロ=152 円に変更し、当期純利益は従前予想より53.1%増の3兆9,500億円へ修正した。ダイハツの出荷停止による損失585億円は今期の当期純利益3兆9,500億円の約1.5%とインパクトは軽微であると言えるだろう。
EV市場の成長は鈍化
イギリスの市場調査会社のロー・モーション社の調査によるとEVの2023年の世界販売台数は前年比31%増加したとの事である。2022年のEVの世界販売台数の伸び率は60%であったが、約半分に鈍化した。また、アメリカでの2023年10~12月期のEVの販売台数は前年同期比1.3%増にとどまった。2023年4~6月期は同15%増、7~9月期は同5%増から鈍化している。EVは価格、充電スポットの不足、航続距離の短さ等の要因で需要が伸びていないというのが現状のようである。
世界各国でEVの補助金制度があるが、先月ドイツではEVの補助金の停止を発表した。また、フランスでも中国などアジアで生産されるEVに対する補助金を削減した。EVは通常のガソリン車より価格が約30%程度高いが、補助金の停止/削減により欧州でのEV需要の低下が予想される。ドイツは欧州の自動車市場の約26%と最大の市場であり、フランスもドイツに次ぐ大きな市場であり、この2か国においてEVの補助金の停止/削減によりかなりの落ち込みが予想される。
北米市場でハイブリッド車はシェア拡大
EVは思ったように需要が伸びていないが、ハイブリッド車(HEV)は伸びている。アメリカの車に関する情報サイトEdmundsの調査によると北米での2023年11月のハイブリッド車のマーケットシェアは前年同月の4.9%から9.7%に伸びた。
トヨタは北米で20種類を超えるハイブリッド車を販売しており、燃費の良さ、航続距離の長さ、EVより価格が手頃である事から選ばれている。トヨタの現行のプリウスは第五世代であるが、製造原価は初代プリウスの六分の一まで減少し、プリウスは第四世代で台当たり利益がガソリン車を上回る水準まで高まった。2023年3月期のパワートレイン別営業利益でもハイブリッドは約3割を占めた。トヨタの米国でのHEV販売は2023年1~10月期に47万台と前期通期実績を既に超えている。HEV人気にあやかり、トヨタは2024年から主力セダン「カムリ」の新型車を北米向けに投入する予定で、日本を中心に販売してきた「クラウン・エステート」を「クラウン・シグニア」として2024年夏に投入予定であり、HEVの品ぞろえを強化する。(出所:週刊東洋経済、年始合併特大号 「EVシフト 絶頂と絶望」 P. 71より要約抜粋)
EV大国中国では淘汰が進む
EV大国中国ではリーマンショック後の2009年に大型景気刺激策の一つとして新エネルギー車(NEV)政策」を発表し、半ば国策として多額の補助金、税控除等をし、EV市場、車載電池市場の育成、充電設備の拡充、サプライチェーンの構築等をしてきた。中国政府の目標は2020年までに世界トップ10に入るNEV企業を多く育成する事で各地方自治体がNEV発展の責任を負うというものであった。(出所:JETRO 「調整期を迎えた中国NEV産業、政策転換は市場拡大前の2020年」 2023年12月4日より要約抜粋)中国ではBEV(バッテリー式電気自動車)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド自動車)、FCEV(燃料電池自動車)をNEVと定義し、ハイブリッド車(HEV)は含まれていない。
半ば国策に近いEV戦略により2014年前後から中国EV業界は創業ブームを迎え、2018年のピーク期に企業数は400社を超えた。しかし、2019年からEVバブルが崩壊し始めたことにより、多くの新興EVが淘汰される結果となった。2022年末に13年間続いていたNEVの購入補助金政策が終了した。2023年1月に米テスラが値下げを始め、BYDやNIO(上海蔚来汽車)小鵬汽車(Xpeng Motors)や、広州汽車集団傘下の広汽埃安(AION)、浙江吉利控股集団傘下の極氪(ZEEKR)なども一部車種を値下げを断行した。2023年12月に入るとBMWの電気自動車「BMW iX3」、メルセデス・ベンツ「EQE」の一部車種、フォルクスワーゲンの「ID.6 CROZZ」でそれぞれ値下げをした。このような値下げ合戦の中経営体力のある企業しか残らない状況になっている。(出所:36Kr Japan 「中国EV市場の2023年を振り返る キーワードは価格競争、破産、海外進出 」2024年1月4日)
中国自動車工業協会(CAAM)が1月11日に発表した2023年の自動車販売台数は前年比12%増の3,009万4,000台、生産台数は同11.6%増の3,016万1,000台で、販売台数と生産台数ともに初となる3,000万台を超え、15年連続で世界一となった。このうちNEVは949万5,000台(前年比37.9%増)と、9年連続となる世界一位を維持した。自動車販売台数全体に占めるNEVの割合は31.6%に達し、前年比5.9ポイント増加した。(統計出所:JETROビジネス通信 2024年1月18日号 )統計数字上では中国のEV市場は大きく伸びているとの印象を与えるが、無理にNEV市場を拡大してきた弊害で大量のEVが放置される「EV墓場」も社会問題化している。(出所:テレ朝news 「EV墓場」大量放置が中国で問題に…電気自動車急成長も「負の遺産」 シェア自転車も 2023年9月28日)
BYDは中国市場で圧勝
上記のような中国の市場環境でBYDは圧勝した。2023年のBYDの販売台数は中国国内向け販売台数が前年比50.3%増の270万6,075台であった。2位のテスラ中国の4倍以上の台数を売った。
(出所:CNEVPOST)
BYDの急伸の大きな要因にPHEVの成長があげられる。PHEV市場は2021年後半から販売台数が伸び始め、中国のNEV市場に占める割合は2019年の19%から2023年の1~11月には31%と上昇した。2023年のEV販売台数の前年日伸び率が約2割となり鈍化傾向を示す中、PHEVの伸び率は約8割と高い伸びを示した。PHEVが特に伸びている背景にはEV向け補助金の減額・終了もあり価格面、また航続距離が十分でないEVよりも価格が安く航続距離が長いPHEVに需要がシフトしている。(出所:週刊東洋経済、年始合併特大号 「EVシフト 絶頂と絶望」 P. 50~51より要約抜粋)
BYDはもともと電池メーカーであり、EV(BEV)とPHEVの両方を製造している。BYDは電池を内製化しており、更に外販も行う事により量販効果でコスト低減をはかっている。コスト競争力に加えて、テスラが販売していないPHEVの競争力が高い事がテスラに大きく差をつけて成長している理由とも言えるだろう。
中国のEV市場で起こっている事はアメリカのEV市場で起こっている事ととても良く似ている。EVという新たな商品が産まれ、アーリーアダプターと呼ばれる新商品に対する感度が高い層による購入は2023年には一巡したと言えるだろう。次に一般的な購入層であるアーリーマジョリティー、レイトマジョリティは価格や燃費等現実的な選択をする消費者であるが、彼らはEVよりもアメリカではHEV、中国ではPHEVを選んでいるという状況になっている。
フル・ラインナップのトヨタの強み
以上アメリカと中国を中心に2023年の自動車市場についてのアップデートをした。トヨタにとってはラッキーな事に強みであるハイブリッド車の売上が大きく伸びてきている。2024年3月期2Q時点でトヨタは全世界でハイブリッド車を過去最高の169万台(前年同期比33.5%増)販売した。特に高額車種の「クラウン」や「アルファード」等のハイブリッド車の売上が大きく伸びている事が好業績に貢献している。前述したように営業利益ベースでハイブリッド車は全体の3割まで稼げるように収益性も高まっている。
トヨタは今通期は過去最高益を更新する予定であるが、マルチパスウェイ戦略が功を奏したと言えるだろう。一年位前まではEV戦略の遅れによりトヨタは散々批判をされた。蓋を開けてみるとEVマーケットはアーリーアダプター層が各自動車メーカーが期待した程に大きくなく、ガソリン車からの買い替えが一巡してしまうとEVの売上の伸びは鈍化した。EVの成長鈍化によりEVに必要以上にコミットせず、独自のマルチパスウェイ戦略により着々とコロナ禍もハイブリッド車の収益性を高めた事が実を結んでいる状況である。
トヨタの前社長、現会長の豊田章男氏は脱炭素をEVのみで達成するというやり方に反対であり、各国のエネルギー事情に応じ市場やユーザーが決定するべきであるとの考え方を主張していた。数年経ってみて彼は先見の明があったと言わざるを得ない。ぶれずにマルチパスウェイ戦略を貫いた事により競合他社のようにEVにより損失を計上せずにすみ、得意のハイブリッド車で利益を大きく伸ばす事ができた訳である。
競合他社はEV戦略を見直し
予想よりも早くEV市場が失速した事により競合他社はEV戦略の見直しを迫られている。現状EVで利益をあげられている自動車メーカーはテスラとBYDの2社のみである。現行のEVの車載電池は希少金属のリチウムを使用しており、テスラ、BYDのようにEVのみならず電池も外販しスケールメリットがあり利益が出せる、或いはトヨタのようにグループ会社の豊田通商がリチウム開発事業の権益を有している等でないと利益を出す事は難しい状況である。競合他社はEV事業で赤字を計上し、下記のようにEV戦略の見直しを発表している。
- ゼネラル・モーターズ:2023年10月の決算説明会上で、2024年半ばのEV生産目標台数40万台の見直しを言及。また、ミシガン州オリオンタウンシップ工場での電動ピックアップトラック2車種の生産を1年延期。
- フォード・モーター:2026年開設予定のミシガン州マーシャルのEV用バッテリー工場の生産能力縮小を2023年11月に発表。2026年末までにEV年間200万台生産の目標を断念。
- フォルクスワーゲン:EV減産。東ヨーロッパで検討していた電池セル工場の建設予定地の決定を延期。
- メルセデス・ベンツ:2030年までに欧州で販売する新車を全てEVにする計画を撤回し、「見通せない。戦術的な柔軟性も持ち合わせると発言。
- ステランティス:EV生産コストの上昇からイリノイ州組み立て工場の操業を数か月間停止。
- ホンダ:ホンダとGMによる量販型EVの共同開発が白紙。
- BMW:内燃エンジンの開発から撤退の報道を否定し、EV一択ではなく全方位戦略を取ると言及し、トヨタと水素で連携を希望。
EV政策の政治的リスク
今年2024年は米国の大統領選挙が行われるが、現職大統領のバイデン氏と前大統領のトランプ氏の戦いになる可能性がある。トランプ氏はバイデン政権が進めるEV普及政策について自動車業界は数年のうちに巨額の赤字に陥り、EV生産は中国に移り、アメリカの自動車業界の雇用が失われると批判している。トランプ氏が返り咲く場合には巨額の補助金を使い進めているEV政策が廃止されるリスクがある。
テスラ、BYD、トヨタのKPI比較
Tesla | BYD* | トヨタ | |
株価* | 208.8USD | 196.4HKD | 2,982円 |
時価総額 | 6,637.59億USD(98兆3,159億円) | 5,939.5億HKD(11兆2,552.93円) | 40兆2,983億円 |
売上高 | 482億USD(2Q累計、3兆7,085億円) | 2,601億元(2Q累計5兆6,833億円) | 21兆9,816億円(2024年3月期中間決算) |
営業利益 | 50億4,300万USD(7,464億円) | 133.9億元(2,763億円) | 2兆5,593億円 |
販売台数 | 180万台(2023年通年) | 302万台(2023年通年) | 1,022万台(1~11月) |
営業利益率 | 10.49% | 5.14% | 11.64% |
予想PER | 55.6倍 | 13.0倍 | 10.2倍 |
PBR | 12.4倍 | 3.9倍 | 1.3倍 |
PSR | 7.6倍 | 0.9倍 | 0.9倍 |
EV/EBITDA | 39.6倍 | 14.6倍 | 9.7倍 |
ROE | 22.5% | 23.7倍 | 7.7% |
ROIC | 27.99% | 11.26% | 2.4% |
注: 株価は3社とも2024年1月22の終値。BYDに関しては、自動車会社単体では上場していないために親会社の持株会社の業績である。
昨年6月にもこちらのレポートでこの3社のKPIの比較をしている。6月時点のテスラ、トヨタの営業利益率比較はテスラ16.8%(2022年通年の業績)、トヨタ7.3%(2023年3月期業績)であったが、今回はテスラ10.49%(2023年2Q累計)、トヨタ11.64%(2024年3月期中間決算)と逆転をした。テスラについては2023年に入ってからBYDとの値下げ合戦に突入したために増収は確保するが利益率は低下している。2Q累計の営業利益率が10.49%であったが、3Qの営業利益率は7.6%まで低下した。一方トヨタの2024年3月期の中間決算時点では連結の営業利益は円安により2,600億円の増益、資材高騰により1,100億円の減益、販売数増や海外での価格改定により1兆2,900億円の増益等前年同期比9,600億円の増益であった。2日後にテスラの4Qの決算が発表されるが、営業利益率は更に低下し、もしかすると一桁台後半まで落ち込む可能性もあると考えている。BYDについてはここで取り上げている業績は親会社の持株会社の業績であり、単純に比較はできない。しかし、2023年通年のBYDは中国市場でのPHEV人気等でEV市場(BEV、PHEV)でテスラを抜き世界一となったので営業利益率もテスラより高かったのではないかと推測している。
トヨタのバリュエーションはどうなる?
ここのところのEV市場の減速のニュースでテスラの株価は2024年初めから16%近く下げている。一方トヨタの株価は年初より15%強上昇している。それでもテスラの予想PERは55.6倍、トヨタは10.2倍とテスラはトヨタの5倍強も高い。トヨタのバリュエーションが極端に低いのは全固体電池搭載のBEVのローンチが2027~2028年とまだ3,4年先である事から株価に織り込まれていないためだと考えている。しかし、EVに必要以上にコミットせず、マルチパスウェイ戦略により得意のハイブリッド車でガソリン車よりも高い営業利益率を達成できている事、BEVの減速により北米市場でHVの売上成長が加速しそうである事は少なくとももう少し評価されて良いのではないだろうか?今通期決算の発表の5月上旬までに予想PERが15倍以上位まで行ってもおかしくないと考えている。