目次

  1. SiCパワー半導体
  2. 各社のSiCパワー半導体戦略
  3. Sic基盤の争奪戦

SiCパワー半導体

エヌビディアの決算発表以来株式市場では半導体銘柄がことごとく買われてきているが、パワー半導体は国策の重要分野で株式市場では人気の投資テーマである。パワー半導体各社は2024年から本格生産に入ると期待される次期パワー半導体SiC(シリコンカーバイド、炭化ケイ素)の生産計画を各社を発表した。現在主流のSi(シリコン)パワー半導体に比べてSiCパワー半導体は電力消費を大幅に抑える特性があり、EVの航続距離を10%以上伸ばすEVの性能を左右する重要部品であり、SiCパワー半導体の需要が急速に拡大している。

市場調査会社の富士経済によると、2022年の現在主流のSiパワー半導体の世界市場規模は2兆5,075億円だった。一方SiCパワー半導体の世界市場規模は1,707億円であった。富士経済の予測によると2023年のSiパワー半導体市場は前年比11%増の2兆7,833億円、SiCパワー半導体市場は前年比34.3%増の2,293億円、2035年には5兆3,300億円と2022年比31.2倍の市場規模になると予想している。(出所:富士経済 パワー半導体 2035年市場予測

各国のパワー半導体メーカーはSiCパワー半導体の開発競争をしているが、日本のパワー半導体メーカーは世界ランキングに5社がランクインしている事もあり、経済産業省は次期パワー半導体で世界シェアを拡大しようと注力している。2021年に発表した半導体戦略では「2030 年までには、省エネ50%以上の次世代パワー半導体の実用化・普及拡大を進め、日本企業が世界市場シェア4割(1.7 兆円)を獲得することを目指す。」としており、SiCパワー半導体で事業規模が2,000億円以上の投資案件を対象に投資額の三分の一を補助金で支援するという策を取っている。また、SiCに限らず300億円以上の事業規模の半導体部材の投資案件も支援の対象としている。

また、経済産業省傘下の国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では2050年カーボンニュートラル達成を目指しNEDOでグリーンイノベーション基金(GI基金)を設立し、SiCパワー半導体開発の補助(支援規模305億円)も行っている。

各社のSiCパワー半導体戦略 

三菱電機(6503)

パワー半導体世界ランキング4位。三菱電機は1990年代からSiCパワーモジュールの開発に着手し、2010年10月にはルームエアコンにフルSiCのDIPIPM、2012年12月には数値制御装置(CNC)ドライブユニットにハイブリッドSiC-IPM、2015年6月には高速鉄道の主変換装置向けにフルSiCパワーモジュールをそれぞれ世界初搭載。2019年2月にはxEV用の超小型パワーユニットにフルSiCパワーモジュールを搭載し、世界最高出力を達成するなど、他社に先駆けた展開を続けてきた。電鉄用フルSiCモジュールではシェア1位を確保している。

三菱電機はSiCの設備投資に関して積極的ではなかったが、5月末の「IR Day 2023」で自動車向けを中心としたSiC製品の開発、市場展開に注力すると同時に、2026年度にはSiCの生産能力を約5倍(2022年度比)にまで増強すると発表した。

三菱電機の2023年3月期の半導体・デバイス事業の売上高は2815億円(総売上高5兆37億円)で、そのうちの2,200億円(約75%)がパワーデバイス事業であり、営業利益率は8.4%だった。このパワーデバイス事業を2026年3月期に売上高2,400億円、営業利益率10%にし、パワーデバイス事業におけるSiCの売上高比率を2031年3月期に30%以上にするという目標を掲げた。

 

富士電機(6504)

パワー半導体世界ランキング5位。富士電機のコア技術はパワーエレクトロニクス技術(電力を変換する技術)とパワー半導体であり、2025年~2026年にSiCパワー半導体で世界シェア2割獲得を目標としている。パワー半導体のIGBT(絶縁ゲート型バイポーラートランジスター)モジュールは車載向け産業向けともに世界第一位である。富士電機は5月末の「事業戦略説明会」でSiCパワー半導体の生産能力を2023年3月期を起点に2024年3月期に4倍、2027年3月期に50倍に引き上げると発表した。2019年度から2023年度でのSiやSiCパワー半導体の累計設備投資額を2,065億円と見通し、2022年1月時点の見通しよりも165億円積み増すとした。

EV向けIGBT売上を2021年3月期を100として2024年3月期に305%を目標としている。産業用については需要が好調な再エネ向けに第7世代IGBTの売上拡大を計画している。(2023年3月期の売上比率32%を2024年3月期に40%目標)

現在SiCの生産拠点は長野県の松本工場と青森県の津軽工場であるが、松本工場ではSiC8インチの生産能力を今期中に2割増強する。また、津軽工場ではSiCの量産を2025年3月期に開始する予定である。現在、低損失化と使い易さを両立した第三世代SiC-MOSFETを開発中である。電動車向けや産業大容量向けSiCモジュール製品を2026年3月期以降に量産予定である。

 

デンソー(6902)

トヨタ系自動車部品会社、世界2位。デンソーはSiCパワー半導体(ダイオード、トランジスタ)を車載用途に適応させるため、SiC技術「REVOSIC®(レボシック)」の研究開発に取り組んできた。デンソーは「REVOSIC®」を2014年より産業機器向け等に外販してきた。2014年に、SiCトランジスタをオーディオ向けに実用化し、2018年に、車載用SiCダイオードが燃料電池バス「TOYOTA SORA」に採用された。2020年にはトヨタ「MIRAI」にSiCパワー半導体を搭載した昇圧用パワーモジュールが採用され、2020年12月よりSiC昇圧用パワーモジュールの量産を開始した。デンソーの「REVOSIC®」はSiパワーモジュールよりも体積を30%削減、電力損失を70%低減した。2023年3月にはデンソーのSiCパワー半導体インバーターがBluE Nexus(デンソーとアイシンが2019年4月に設立した、電気自動車のパワートレインシステムを構築するための合弁会社)の電動駆動モジュール「eAxle」に組み込まれ、2023年3月30日発売開始のLEXUS初の電気自動車(BEV)専用モデル、新型「RZ」に搭載された。

SiCの生産計画についての開示はないが、トヨタグループ以外からの売上比率が2023年3月期時点で49.6%とほぼ半分で多くの自動車メーカーとの取引があり、SiCパワー半導体の売上貢献は大きなものになると思われる。また、NEDOのグリーンイノベーション基金の次世代パワー半導体デバイス製造技術開発(電動車向け)プロジェクトに2022年に採択され助成を受けている。SiCパワー半導体を含む先進デバイスの売上は2023年3月期で3,617億円(総売上高6兆4,013億円)であった。

 

ルネサスエレクトロニクス(6723)

パワー半導体世界ランキング9位。車載マイコン世界首位。車載半導体市場シェアランキングではNXPセミコンダクターズ、インフィニオン・テクノロジーズに次ぐ3位。デンソー、トヨタはルネサスの大株主である。

ルネサスはパワー半導体についてはSiのみを手掛けていたが、5月半ばの「Capital Market Day」でEVのインバーターなどに用いられるパワー半導体事業を強化するために、高崎工場(群馬県高崎市)にSiCデバイスの生産ラインを導入し2025年から稼働を始めるとSiC市場参入を発表した。また、2014年10月に閉鎖した甲府工場(山梨県甲斐市)に900億円を投資し、2024年から12インチウエハーを用いたIGBTなどのパワー半導体の生産を開始する予定である。12インチウエハーラインの立ち上げにより、同社のパワー半導体の生産能力は倍増する見込みである。現在のルネサスのIGBTのマーケットシェアは約10%とルネサスは推測している。

甲府工場のIGBT、高崎工場のSiCデバイスとも主要顧客として想定しているのはEVのインバーターやDC-DCコンバーターなど自動車分野である。競合他社と比べて低損失であることから顧客から高い評価を得ており、2025年の量産に向けて強い引き合いがあるという。(出所:日経クロステック/日経エレクトロニクス 2023年5月27日)

ルネサスの2022年12月通期の自動車向け売上は6,450億円(総売上高1兆5,027億円)と売上構成比率は約43%であるが、EV化の加速で自動車向け売上は大幅に増加すると思われる。

 

ローム(6963)

パワー半導体世界ランキング10位。電子部品メーカー。カスタムLSI(特定の目的や製品のためにカスタマイズされたチップ)首位。SiCパワー半導体については1990年代に京都大学などと共同研究を始め20年以上の研究開発の実績がある。2010年に世界初のSiC MOSFETの量産を始めるなど、SiCパワー半導体分野で先駆的な開発を進めており、現在のSiCデバイスのラインナップ、実績ともに日本のパワー半導体メーカーでは抜きんでていると推測される。

2023年3月期のSiC売上は300億円弱。今期のSiC売上は400億円を予定している。5月の決算説明会で今後5年間のSiCのパイプラインは3,000億円を超える案件が確定しているとのコメントがあった。先3年間ではチップでの取引がメインであるが、その後はモジュールでの取引が増加する予定である。採算については2025年にブレークイーブンを目指しているとの事である。(出所:ローム 2022年度通期決算説明会Q&A

また、ロームはGaN(窒化ガリウム)パワー半導体の展開も加速しており、SiCを含めたWBG(ワイドバンドギャップ)市場に注力している。2022年、GaNデバイス製品の第1弾として、150V耐圧のGaN HEMTの量産を開始。2023年に入ると3月にはGaNデバイス向け高速駆動制御IC技術の確立を、4月には650V耐圧品の量産開始を相次いで発表した。さらに、GaNデバイスとLSIをワンパッケージに収めたSiP(System in Package)も6月ごろに量産開始する予定であるうえ、今後1年以内に複数製品のリリースを計画しているとの事である。(出所:EE Times Japan 2023年5月19日

 

SiC基盤の争奪戦

週刊ダイヤモンド2023年5月27日号、P.50の「EVパワー半導体再編の行方」の記事によると (以下記事要約)

SiCパワー半導体は従来のSi(シリコン)製パワー半導体に比べて製造コストが7~8倍高い。SiCパワー半導体の製造工程には「SiC基板の調達」「SiC結晶の薄膜を形成するウェハー加工」「デバイスの生産」という三段階があるが、生産コストの50%がSiC基板の生産工程にあるとされ、SiC基板の争奪戦が激化している。       

SiCパワー半導体の世界ランキングは1位はスイスのSTマイクロエレクトロニクス、2位はドイツのインフィニオンテクノロジーズ、3位はアメリカのウルフスピード、4位はアメリカのオン・セミコンダクター、5位はロームである。ロームはSiCで5位に食い込んでいる。この上位5社は2位のインフィニオンテクノロジーズ以外はSiC半導体のデバイスと材料の両方を手掛ける一貫生産の体制を持っている。

ロームは競合に先駆けて2009年に独シーメ ンス子会社のSiクリスタル(ドイツ)を買収して一貫生産体制を築いた。ローム以外の日本のSiCパワー半導体メーカーはSiC基板の調達を他社に依存する事になるが、それがSiCウェハー専業メーカー最大手レゾナック・ホールディングス(4004、旧社名昭和電工)になりそうである。

すでにレゾナックは、インフィニオンとSiC基板供給の長期契約を結んでいる他、ロームにも供給している。トヨタ自動車のEV向けSiCパワー半導体を製造するデンソーもレゾナックからSiCウェハーを調達している。