前回パワー半導体市場アップデートを書いてから10か月が経った。株式市場ではChatGPTの登場以来生成AI関連の半導体が大きな注目を集めているが、パワー半導体は国策であり省エネやカーボンニュートラルに向けて不可欠であり重要なセクターである。このレポートではパワー半導体関連の最新のアップデートをしてみる。

目次

  1. パワー半導体について復習
  2. パワー半導体の最新市場規模予測
  3. ローム、東芝連合
  4. デンソー、富士電機連合?
  5. 経産省はパワー半導体市場の業界再編を意図
  6. パワー半導体各社の業績動向

パワー半導体について復習

パワー半導体と通常の半導体の違いについて良く分からない人もいるかと思うが、簡単に説明するとパワー半導体は高い電圧、大きな電流の制御や変換ができる半導体のことである。パワー半導体は、スイッチング動作により電力・電圧変換を行うため、電力損失が少なく済む。株式市場ではパワー半導体と言うとEVに使われるとすぐに連想されるが、実際にどのような働きをするかというとEVのモーターを制御して加速したり減速したりする。EVの他に電車、産業機器、5G基地局、冷蔵庫、テレビ、PC、スマホ等用途は幅広い。

 

パワー半導体の最新市場規模予測

市場調査会社の富士経済が2024年2月にパワー半導体の世界市場を調査し、2035年までの市場予測を発表した。富士経済によると、パワー半導体の市場規模は2023年の3兆1739億円に対し、2035年は7兆7757億円規模になると予測した。このうち、SiC(シリコンカーバイト、炭化ケイ素)など次世代パワー半導体の構成比率が、2035年に約45%まで高まるとの予測である。

 

(出所:富士経済 プレスリリース第24020号

 

富士経済の調査内容は以下の通りである。(以下要約引用)

2023年の市場は前年比5.2%増の3兆1,739億円で、シリコンパワー半導体はほぼ横ばい、次世代パワー半導体が同62.2%の伸びであった。今後は次世代が順調に成長し、2035年の市場は2023年比2.4倍の7兆7,757億円と予測され、次世代の構成比が約45%に高まるとみられる。

シリコンは、2023年は中国の景況悪化や民生機器、産業機器における需要低迷、2022年までに先行発注していたユーザーや代理店での在庫調整により伸びが抑制され、市場は前年比0.2%増で着地した。2024年も在庫調整が続くため縮小するとみられるが、2025年以降は自動車・電装向けの需要増加や産業機器向けの回復が期待され、堅調な伸びが続くと予想される。

次世代は、2023年時点ではSiC(シリコンカーバイト)とGaN(窒化ガリウム)が実用化されている。SiCは自動車・電装で、GaNは民生機器などで採用が広がっている。2024年からは酸化ガリウム(Ga203)も量産が開始されるとみられる。

また、富士経済は次世代パワー半導体のSiCパワー半導体、GaNパワー半導体、酸化ガリウムパワー半導体の市場規模予測も発表した。

市場は前工程装置、後工程装置、検査・試験装置に大別され、前工程装置が80%近くを占める。2023年は中国を中心に電動車の普及拡大に向けて、SiC向けの設備投資が積極的に行われたため、前工程装置を筆頭に市場が拡大した。2024年は近年の旺盛な需要の反動で伸びは落ち着くものの、設備投資の継続によって拡大を維持するとみられ、2026年ごろまで毎年10%以上の成長が予想される。

今後もパワー半導体の需要増に伴って製造装置の需要も旺盛であるとみられる。最大の需要エリアである中国では内製化が進み、中国メーカーによる安価な装置が増加する可能性が懸念材料となっている。

 

スマートフォンなどの高速充電用ACアダプタやサーバー電源向けがメインの市場であり、2023年は巣ごもり特需の落ち着きなどから前年より伸びは鈍化したが、前年比30%以上の成長となった。

2024年もスマートフォンなどの民生機器やデータセンターのサーバー電源向けなどを中心に需要は増加するとみられる。今後は自動車・電装向けでオンボードチャージャやDC-DCコンバータといった補機系での本格的な採用によって市場は急拡大し、2035年は2,674億円が予測される。

専業メーカーで構成されてきた市場であるが、近年大手パワー半導体メーカーの参入がみられる。供給が増えることにより価格が下落し、高耐圧パワーMOSFETやSiC-FETからの置き換えも期待される。

 

2023年まではサンプル評価の段階で実績は僅少であるが、SiCやGaNと比較して低価格であることが優位点である。FLOSFIAとノベルクリスタルテクノロジーの日系メーカー2社により実用化に向けた開発が進められており、両社が量産を開始する2024年には、市場は6億円になると見込まれる。

量産開始後は、民生機器やサーバー電源などの情報通信機器、産業機器などへの展開が予想される。参入企業では高耐圧化やFET(電界効果トランジスタ)の実用化に向けて技術開発が積極的に行われており、将来的には自動車・電装にも採用が広がり、2035年の市場は385億円に拡大すると予測される。

 

ローム、東芝連合

ローム(6963)は2023年7月に株式の非公開化を目指していた東芝に3,000億円を出資した。同年12月にはロームと東芝デバイス&ストレージがパワー半導体の共同生産を発表した。ロームがSiCパワー半導体、東芝デバイス&ストレージが現在の主流のSiパワー半導体への投資を重点的に行う。事業総額は3,883億円で、このうち1,294億円を経済産業省が補助する。ロームは宮崎第二工場で電力効率が大幅に優れるSiCパワー半導体を生産する計画で東芝は石川県能美市の加賀東芝エレクトロニクスの工場を拡張しSiパワー半導体の増産予定である。

2022年のSiCパワー半導体売上ランキングで世界5位(マーケットシェア6.2%)だったロームは2026年までにSiCパワー半導体の売上を1,300億円、世界トップシェア30%獲得を目標としている。SiCパワー半導体の覇権をめぐる競争が激化する市場で、ロームの強みはSiCウエハーの製造技術である。ロームは2010年に、世界で初めてSiC金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)の量産に成功したが、その後2019年にSiCウエハーを手がけるドイツのサイクリスタルを買収しており、SiC半導体のウエハーからチップまで垂直統合型生産体制を実現している。

SiCウェハーは現在主流のシリコンウェーハーよりも製造難易度が高くコストも高いと言われているが、ロームはSiCウェハーの安定的な調達ができ、製造工程の最適化も可能である。ロームは2020年にSiCパワー半導体売上トップのスイス、STマイクロエレクトロニクスにSiCウェハーを数年間供給すると発表したが、自社で活用する他に外販もする予定である。

 

デンソー、富士電機連合?

2024年2月24日号の週刊ダイヤモンドの特集記事「半導体 沸騰!」(P.41)によると、パワー半導体の第二連合としてデンソー(6902)、富士電機(6504)が経済産業省の補助金を前提に総額2,000億円を超えるSiCパワー半導体の設備投資を連携して行うという構想があると報じられている。

デンソーは車載用途に向けてSiCパワー半導体の研究開発を長年してきたが、レクサスのEV専用モデル「RZ」でデンソーのSiCパワー半導体を搭載したインバーターが採用された。デンソーはSiCパワー半導体搭載のインバーターの開発を強化しており、生産台数を2022年度の349万台から2025年度に1,200万台を目標にしている。デンソーのSiCインバーター増産計画、また富士電機にとってはトヨタがバックという事で売り先が安定し、この2社の共同生産は双方にとってメリットがあると思われる。

 

経産省はパワー半導体市場の業界再編を意図

経済産業省はパワー半導体の設備投資を補助する支援制度を2023年1月に導入した。支援対象はSiCパワー半導体を中心とする「事業規模2,000億円以上」の投資で、最大事業規模の三分の一を補助する。週刊ダイヤモンドの特集記事によると支援基準の金額を高く設定したのは、複数のパワー半導体メーカーの共同提案を促して業界再編につなげる狙いがあるとの事である。

ローム、東芝連合と仮にデンソー、富士電機連合が実現したとするならば勢力図がまた変わる事になるが、デンソー、富士電機連合のバックには世界最大の自動車会社トヨタがいる事を考えるとデンソー、富士電機連合のポテンシャルも大きそうである。

 

パワー半導体各社の業績動向

ここからはパワー半導体各社の業績動向についてアップデートする。

ローム(6963)

株価(2024/4/5)時価総額ROEROIC
2,397円9,521億円8.6%4.9%
予想PERPBREV/EBITDA年初来騰落率
19.46倍0.99倍9.8倍▲11.4%

業績動向:2024年3月期3Qは自動車向け売上が前年比増であったが、民生機器、通信機器、コンピューター&ストレージ向けは需要の低迷の継続、産業機器市場は設備投資の慎重姿勢から業績的には調整局面であった。製品別ではモジュールのみ前年同期比増でLSI、半導体素子、その他製品は前年同期比減であった。売上は前年同期比▲9%の3,551億円、営業利益は同▲46%の406億円、四半期純利益は同▲33.6%の451億円であった。市場の在庫調整の継続により中間決算に続き通期業績計画の二度目の下方修正をした。売上高は5,000億円から4,700億円、営業利益は530億円から440億円、当期純利益は590億円から480億円に修正した。

2024年3月期は減収減益決算であり、減益幅が大きいがSiCデバイスについては年間売上目標は400億円で順調に達成している。SiCデバイスについては海外売上が9割を占め、中国、欧州、米国の順に売上が大きい。2025年まではSiCデバイスの需要に対し供給が追い付いていない状況であり、増産を進めている。東芝との協業で増産ペースも加速する予定である。現在のSiCの主流サイズは6インチであるが、8インチについては子会社のドイツのSiCrystalで基板の量産は開始している。デバイスに関しては広島県の備後工場で開発中である。

富士電機(6504)

株価(2024/4/5)時価総額ROEROIC
9,928円1.42兆円11.2%9.3%
予想PERPBREV/EBITDA年初来騰落率
20.85倍2.58倍10.0倍63.5%

業績動向:富士電機の2024年3月期3Q決算は全セグメント(エネルギー、インダストリー、半導体、食品流通、その他)で増収増益となり売上、利益ともに過去最高となった。3Qの売上高は前年同期比10%増の7,597億円、営業利益は同35.9%増の577億円、四半期純利益は同28.6%増の373億円となった。

パワー半導体全体の売上は前年同期比13%増の1,665億円であったが、EV向けに関しては同35.8%増の929億円となった。産業向けは工作機械やサーボシステム向けが中国を中心に減少している一方、再エネ向けは堅調に推移した。電装向けパワー半導体(電動車・ガソリン車別)の3Q受注実績は電装全体は対前年39%増、うち電動車は48%増、エンジン車は若干減少した。対2Qでは、電装全体は13%増、うち電動車は16%増であった。3Q累計は、電動車は対前年44%増。4Q見通しは電装全体は対前年10%程度増加する見通し。対3Qでは、電装全体は横ばいの見通しだが、電動車は為替影響、3Qへの先行発注影響、中国春節影響を除き、5~6%増の見通しである。

EVからハイブリッド(HV)への回帰が見られるが、売上構成や業績への影響に関しては今のところ顧客からの具体的な提案がないので売上構成に大きな変化はないが、HVが増加すればIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)が増加すると考えている。IGBT、SiCの生産体制を強化しており、EV、HVのどちらが増えても収益性に大きな変化はないとの見方をしている。

デンソー(6902)

株価(2024/4/5)時価総額ROEROIC
2,823円8.43兆円6.4%5.4%
予想PERPBREV/EBITDA年初来騰落率
22.25倍1.71倍9.8倍32.7%

業績動向:デンソーの2024年3月期3Q決算は日米を中心とした好調な車両販売、円安の進行、注力領域製品等の拡販により増収し、売上高は前年同期比15.5%増の5兆3,549億円であった。しかし、営業利益は、操業度差益や為替差益、合理化努⼒があるものの電⼦部品を中⼼とした部材費⾼騰の継続に加え、品質引当の追加により同▲11%の2,386億円、四半期純利益は同▲11.2%の1,756億円であった。2024年3月期通期の業績に関しては売上高は上方修正、利益は下方修正した。売上は従前予想の7兆円から7兆1,200億円に引き上げ、営業利益は6,300億円から4,950億円、当期純利益は4,700億円から3,800億円に修正した。

パワー半導体に関しては売上の伸びを牽引した。EV向けのインバーターやモータージェネレーター、先進安全システムのGSP3やHMI-ECU等の売上が増加した。パワー半導体関連の設備投資、研究開発であるが、電動化領域の生産体制強化に向けた設備投資を順調に進めており、デンソー・マニュファクチュアリング・ハンガリーでトヨタ向けのインバーターの量産を2024年1月より開始した。今後はトヨタ向け以外の外部顧客向けの生産も開始予定である。研究開発はCASE(コネクテッド、自動化、シェアリング)領域を中心とした開発ニーズが急激に高まっている。⾞載ECUの⾼性能化・多機能化などを可能にする、⾞載⽤⾼性能デジタル半導体SoCの研究開発に取り組んでおり、「⾃動⾞⽤先端SoC技術研究組合」への参画を決定した。

 

三菱電機(6503)

株価(2024/4/5)時価総額ROEROIC
2,371.5円4.96兆円6.3%5.7%
予想PERPBREV/EBITDA年初来騰落率
19.18倍1.46倍8.0倍18.6%

業績動向:三菱電機の2024年3月期3Q決算は空調・家電やFAシステムでの市況変動影響などはあるが、自動車機器事業が大きく改善し、売上高・営業利益ともに過去最高を更新した。売上高は前年同期比6.1%増の3兆7,824億円、営業利益は同36.2%増の2,223億円、四半期純利益は同33.6%増の1,861億円であった。

パワー半導体関連の事業環境は、半導体部品の需給状況の改善などにより新車販売台数が前年同期を上回り、電動車を中心とした市場の拡大に伴う電動化関連製品などの需要が堅調に推移した。モーター・インバーターなどの電動化関連製品や自動車用電装品、ADAS(先進運転支援システム)関連機器の売上増加に加えて円安の影響や価格転嫁の効果等により自動車向け売上は前年同期比20%増の2,457億円、セグメント利益は同30%増の201億円と黒字に転換した。

SiCパワーデバイスに関しては熊本県菊池市で1,000億円を投じて新工場を建設、2026年度稼働予定である。ナスダック上場の米Coherentと8インチSiC基板を共同開発し、新工場で利用予定である。また福山事業者でパワー半導体の増産投資の予定で会社全体で2021年度から2025年度までの5年間でパワー半導体に2,600億円の投資計画をしている。

ルネサスエレクトロニクス(6723)

株価(2024/4/5)時価総額ROEROIC
2,697円4.97兆円16.8%11.5%
予想PERPBREV/EBITDA年初来騰落率
N/A2.39倍8.8倍5.8%

業績動向:ルネサスエレクトロニクスの2023年12月期通期の業績は自動車向け売上は前期比6.8%増加したものの産業・インフラ、IoT向け売上が同▲18.4%だったために減収となり売上高は前期比▲2.1%の1兆4,694億円、営業利益は同▲7.9%の3,908億円となった。しかし、金融収益の大幅増加により当期純利益は同31.4%増の3,371億円であった。

ルネサスの自動車向け事業は自動車のエンジンや車体等を制御する半導体を提供する「車載制御」と車内外の環境を検知するセンサリング・システムや様々な情報を運転者に伝えるIVI(In-vehicle information)、インストールメントパネル等の車載情報機器に半導体を提供する「車載情報」が含まれているが、ルネサスはマイクロコントローラー、SoC(system-on-chip)、アナログ半導体、パワー半導体等を販売している。自動車向け売上は前期比6.8%増加の6,950億円となった。

ルネサスは他のパワー半導体メーカーよりSiCデバイスに関しては出遅れているが、2025年より群馬県高崎工場で生産開始予定である。SiCデバイスに関しては他社より遅れているが、GaN(窒化ガリウム)パワー半導体を手掛ける米国Transphormの買収を2024年1月に発表した。